第14話 旅の仲間

 街道を行く、黒く塗られた鉄の車。


 道を歩く人々はそれを見て、驚き戸惑った。


このように奇妙なものは見たことがない、と。それは王国全土へ噂となって流れていくことになる。


だが、当の本人たちは気にもしていない。

この車の乗り手たちは、誰かの注目を浴びる事にとても鈍感なのだ。


 彼らは元の世界であっても、注目を浴び続けていたのだから。


悪い意味でも、良い意味でも。


 他人からどう思われたとしても関係ない。あくまで自分の道を貫く。

どこの世界にいたとしても、それが彼らだった。


運転席から、ケイジはヨシキに語りかける。


「まさか結局お前が一緒にくるとは思わなかったぜ」


 ケイジは、ヨシキがもう一緒に行動したがらないものと思っていたのだ。


だが、当然のことであるかのようにヨシキはケイジと共に出発した。

ヨシキはそれを聞いて、爽やかに笑う。


「いやあ、正直言えば僕も不思議ですよ。 貴方は僕と一緒に旅をしたくないのだと思ってました」


 そして、サラりと嫌みなくそう言いかえした。

 ケイジは思いもよらない言葉に眉をしかめた。


「は? なんでだよ」

「僕のこと、切り捨てようと考えてましたよね。 隠さなくてもいいです、それくらいお見通しですから」


 ケイジは驚いた。


 確かにヨシキが今後の旅に邪魔になるかどうかを、見定めようとしていた。

いくら実力があったとしても、危険や面倒に巻き込んでくるのなら邪魔にしかならない。


 ケイジは使命を果たさねばならないのだから。


 しかし、それをヨシキに見破られているとは思いもしなかったのである。


「……正直、お前みたいな甘ちゃんは邪魔かと思った。 予想以上に仕事しねえし」

「そんなところだとは思いましたよ」


 ヨシキはクスリと笑った。


「僕だって、本当のことを言えばもう少し村に残りたかったですが」


 願望をつぶやくようなその物言いに、ケイジは呆れた。


「ふざけんな、ただでさえ出遅れてんのにどういう了見だ」

「いえ、出遅れれば出遅れるほど不利になるじゃないですか」

「無駄に人生の難易度あげてんじゃねえよ!」

「今更怒られても……最初からそれが理由で出発を遅らせたのですが」

「なに、澄ました顔でふざけたこと抜かしてんだ。 マジかよ! 村が心配とかそんな甘ちゃんな理由じゃなくて、自分の性癖を満たすためだけの理由かよ! クソ、さすがにコイツは置いてくれば良かった!」

「情報収集をあまりしなかったのも、何が起こるかわからないほうが楽しいからです」

「人生をもっと大事に行きやがれ!」

「人生が大事だからこそ、ですよ。 取り返しのつかない状況ほど、燃えるじゃないですか。 本当に意味の分からない人ですね」

「まさか俺がおかしいのか? お前が本当に何を言ってるかわかんねえよ……」


 そこで後部座席に座るレダスが口をはさむ。


「確かに我もヨシキの言っていることは理解出来ん。 言葉が難解なのかと思ったが、なにか致命的に理解しがたい概念があると考える。 それは一種の信仰か何かか?」


 他の異世界人と違いいつのにやら、レダスはケイジとヨシキの名前を正確に発音していた。彼の言語習得能力は驚異的である。

 それがレッドエルフ独特のものなのか、レダスと言う人物の特性なのかはわからない。


 レダスの質問にヨシキは答える。


「いえ、僕自身は自然体で生きてるだけなんですけど……」

「では、お前たちの住んでいるところの文化か? いや、ケイジは違う様子だな」

「ある意味では文化かもしれませんが、僕はその中でも高いプライドと高い意識を持っている訳です」


 ヨシキたちがそこから話しこもうとしたところで、ケイジは怒鳴りつけた。


「つか、レダス! なんでお前までいるんだよ!」


 後部座席のレダスは首を傾げる。


「それは決まっている、お前たちの旅に同行するためだ。 我もそろそろ村を出ることを考えていたからな。 このような乗り物があるとは驚きだ……『荒れ海に天馬』とはまさにこのことだろう」

「なんとなくニュアンスはわかるけど、だからって車に乗ってくんなよ! 歩けよ、まだ若いだろ!」


 さっきから怒鳴りっぱなしのケイジの息が上がり始めた。

 ツッコミも運転も同時にこなすのは、なかなかに忙しい仕事である。


「まあまあ、落ち着いてください。 ケイジ」

「……だいたい俺はこいつの同行まで許可してねえぞ」

「よく考えてください。 レダスさんは戦力になりますし、僕らは世界の常識に疎いじゃないですか」

「ほう、それで?」

「今後の旅のことを考えると……いや、めんどくさいから正直言いいますけど、僕ひとりだとケイジの面倒を見きれる気がしなくて。 一人で放っておくと何をしでかすかわからないので不安なんです」

「おい、コラ。 ふざけんな。 なんだ、アレか? 俺はすぐ迷子になる子供かなにかか?」

「中身が子供であることは否定しないですけど、体が大人なのが問題なんです」

「お前の方が何をしでかすかわからない癖に!」


 ヨシキとのやり取りに嫌気がさしたケイジは、運転中にもかかわらず後ろに振り向き、レダスを睨みつけた。

 レダスは目が合っても表情を変えない。


「……なんだ?」

「お前、どこまでついてくる気なんだよ?」

「別に我も当てがある訳ではないからな、ひとまずは時間が許すまでだ」

「寿命の長い種族からの時間が許すまでって、すごく果てしない感じがするんだけど俺だけ?」


 レダスは何も言わずにじっと、ケイジを見つめる。


「……マジかよ」


 ケイジは諦めて、前を向いた。


 実際のところ狩りの腕以外は、レダスの力を見た訳ではない。

ただレダスが、普通の人間よりも強いという確信がケイジにはあった。未だに接近されて、レダスに勝てるような気にならないのである。


それでもケイジの勘では、おそらくヨシキとレダスは単純な近接戦闘ではほぼ五分。総合的に見れば勝るだろうが、素手と言う縛りがあれば、ヨシキが勝つだろうと見ている。


彼は人格的にも信頼が出来るように思うし、 それだけの実力者ならば、使命を達成するための邪魔にはならないだろう。


 だが、なぜか納得できないケイジだった。


 異様にヨシキとレダスが仲好さそうなのも、腹が立つ。


 ふと気を取り直そうと、村長からもらった報酬の中身を確認することにした。

 旅すがら開けてくれと言われたので、人目を気にしてのことかと思い了承したのだ。


「さて、中身は何かな。 おい、レダス。 後ろの席に置いてあるツボを開けてくれよ」

「む? ……よかろう」


 村の村長はしわくちゃ顔の腰が曲がった老婆だった。

すごくゆっくり話す老婆で、ケイジはかなりイライラした。だが、それでも報酬のためと必死に我慢しつづけ、受け取ったのがそのツボである。


そうとう長生きなのか長老とも呼ばれていて、村人に親しまれているのは間違いない様子だった。


しかし、ケイジからしてみると、本当に村をまとめ上げることが出来ているのかは疑問だ。


それはさておき、ケイジとしては大判小判でも入っていれば嬉しい限りである。この世界にそんなものがあるかは知らないが。


わくわくしながら開封を待つケイジ。

そこに独特の匂いが、ぷ~んと香る。


それはどこかで嗅いだことのあるどこか懐かしい匂いだった。


「って、これ漬け物の匂いじゃねえか!」


 ばっと、一気に振り向くケイジ。

 レダスの持っている壺の中身をみれば、どうみてもそれはタクアンのようなものに見えた。


「え、なに。 報酬ってこれなの? え、おかしくない?」

「長老が見定め認めた食材を、自身の手で漬けたと言う噂の代物か。 よほど気に入った相手にしか分け与えないと言うコモノウ……これは大変に大きな名誉だな、ケイジ」


 神の予言を告げる神官のように重々しくレダスはそう告げた。

声に本気で感嘆の感情が入り混じっている。


どうやら彼の価値観では、納得がいく品らしい。


「そんな名誉はいらねえよ! なんだ、コモノウって。 漬け物のことか!」

「あ、なかなか甘じょっぱくて美味しいです」

「すでに食べてんのかよ!」


 なぜ、異世界にこのようなものがあるのかは理解出来ないが、ケイジの当てが外れたのは間違いないようだった。

おおむねヨシキとレダスには好評そうではある。。


「そりゃ現金で礼を出せとは言わなかったけどよ……、納得いかねえぜ」

「え、村にもどります?」

「これ以上、旅を遅らせるなって言ってるだろうが! なに、嬉しそうにしてんだボケ野郎!」

「そうですか、残念です。 これ、本当に美味しいですね」

「俺のだって言ってんだろ!」


どうにも運転に集中できないケイジ。

 しわくちゃ顔のツボを寄越した老婆を思い出すが、どういう意図でこれをケイジに渡したのか理解不能である。


 ヨシキは漬け物を食べながら、ケイジに尋ねた。


「それで、どうして僕を旅に連れて行ってもいいと思ったんですか?」

「はあ? まだそんなこと言ってんのかよ」


 とは言うものの、言葉にするのはなかなか難しいものだった。

 流れでなんとなく、という部分もあるし、ヨシキの利用価値が高いと考えたのもある。


「俺がお前を連れて行ってもいいと思った理由か」


 改めて考えれば考えるほど、わからなくなりそうだった。


「そうだな……強いて言えば、オーガが思った以上に強かったのもある。 真っ向勝負でいけば、俺達二人がかりでも倒し切れるかはわからない相手だった」


 ヨシキの危機予測は絶対に負けない戦い方は出来るが、敵を倒すことには有効に働かない。オーガが怒りにまかせて戦ったからこそ、カウンターに使うことであそこまで追い込めたのだ。


 一方で、危機予測可能な驚異的な能力があったのにもかかわらず、ヨシキはまともに戦えない体になってしまったともいえる。

 特殊な才覚があっても、それでもなお危機に陥るのだと。


本来であれば、魂を使って傷を修復させることも出来る。だが、使った魂の力は新たに死者から魂を手に入れない限りは回復しない。


魂は有限の力なのだ。ヨシキは魂の力を大量に消費しており、なおのこと全力は出せない。

そこまでケイジは考えて、そこであえて思考を停止させた。

考えが上手くまとまらなかった。これは、なぜヨシキを連れて歩いたかと言うより、ヨシキの現状に配慮しているかのようである。


ケイジは自分の考えていたこととは、別のことを話す。


「オーガ側が前もって、俺達の情報を知っていれば対抗策を練ってきたはずだ。 そうだとしたら、俺達は負けたかもしれない」

「だから、戦力として僕が有効だと?」

「不意打ちには対抗できるからな」

「本当にそれだけが理由ですか?」

「そうだぜ、他にありえないだろ。 逆にお前は何で着いてきたんだよ」


 ヨシキはそれを聞いて笑った。

 そして、質問には答えずこう言った。


「もし、旅の中で悪事を働いたら僕が許しませんからね」

「あ? それは理解してるぜ」


 ケイジはどんな非道なことでも、必要であれば実行をためらうことはないだろう。

 しかし、ヨシキやレダスはそれを許さない。その瞬間にふたりと戦うことになる。


 そのことをケイジは理解していた。


 ケイジの表情を見て、どこか澄ました顔でにやりと笑って見せる。


「なら、いいんです」


 人の悪い笑顔だった。


 ケイジは腹立たしく思ったものの、それを指摘することはない。


 それきりその話を二人がすることはなかった。

 三人はそのまま鉄の車に揺られ、次の街へと向かう。

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