第8話 消えた子供

 酒場に響く悲鳴にも似た嘆願。


 「自分の息子を助けてほしい」という叫びは、その場にいるすべての人々の耳に届いた。

 その声を聴いて厨房から駆け付けるリト。


「あの子がいなくなったんですか!?」

「ああ、村の補強が終わって家に帰ったらいなかったんだ。 妻は俺と息子が一緒にいるもんだと思ってたらしい。 なあ、リトちゃん。 息子が行きそうな場所に心当たりはねえか? ……昼間、一緒にいたんだろう?」

「そんな……今、この村が危険なことなんてわかってるはずなのに」


 マスターが深刻そうな顔で考え込むそぶりを見せる。


 他の村の男たちも自ら発言しようとはしない。


 沈黙を破ったのはケイジだった。

彼は村人たちが理解できない言葉でヨシキに話しかけた。


「レダスから聞いたんだが、参考までに言うとだな。 子鬼には子供をさらう習性があるらしい」

「……なんのために?」

「それはわからねえな。 ただ森で迷子になった子供や、子鬼にさらわれた子供は子鬼になるなんて言い伝えもあるそうだ。 『悪い子は子鬼にさらわれるぞ』なんて脅し文句もあるくらいでな」

「だとしたら、仲間を増やすために子供を狙っていることになりますね」

「いや、事実かは知らねえよ? 単なる言い伝えだからな」


 ヨシキは最悪の事態について考えたようだった。

 村人たちにヨシキは語りかける。


「子供を探しに行きましょう、子鬼にさらわれたのかもしれない」

「……と言ってもなあ、嵐の前だし」

「男衆が村を空けるわけにはいかんよ」


 乗り気ではない様子を見せる人々。


 子供が子鬼にさらわれた可能性を聞いて、ここにいるものは全員、自分の家族を守ることに意識が行ったようだ。

同情心がない訳ではないが、これから嵐のさなかとなれば危険はより高まる。


 村の見張りを手薄にするわけにもいかなった。


 村にいる日雇いの労働者が信頼できるわけではない、嵐に乗じて犯罪をしでかさない保証もなかった。


「マスターも同じ意見ですか?」


 ヨシキがそうマスターに尋ねると、リトとその父親を含めた全員の目線が彼に集まった。


「……嵐に乗じて子鬼が攻めてくる可能性もある。 見張りも手薄になりかねないからね、この一件は長老にはお伝えせねばならないが、少なくとも嵐が収まるまでは手が出せない」


 それは決定事項であるようだった。

 その言葉に子供の父親は意気消沈したようにうつむいている、リトも悲しそうに目を伏せた。


 他の村人は目配せをして頷いている。

 それに納得がいかないと叫んだのは、ヨシキだ。


「明日は嵐になると言う話です。 明後日までなにもしないと?」

「なにもしないとは言っていないさ。 計画を練り準備をすることは出来る、子鬼の巣を見つけ出すためのね」

「何を悠長なことを言っているんですか!」

「いいかね、君はとても良い人だが所詮は余所者だ。 私にとってはここの村はみんな家族なんだよ、君は子供のために他のみんなが犠牲になってもいいって言うのか? 私だって好きでこんなことを言っているんじゃない」

「……そうですね、確かにつらいのは僕よりも村のみんなですね。 申し訳ありません」

「いや、わかってくれたならいいさ。 それに子鬼にさわられたと決まったわけでもないんだ、ひょっこり帰ってくるかもしれない」

「そうですよね、まだ決まったわけじゃないです。 ……しかし、そうなるとなぜ子供がいなくなったのでしょうか」


 顎に手を添えて、考え込むヨシキ。


「首飾り……」


 リトがはっと思い当たった言葉を口にする。


「あの子、わたしの首飾りのこと、必死にあきらめないようにずっと話してた」

「そんな、まさか……いや、しかし……」


 ヨシキがそれを聞いて考え込む。

 ありない事ではなかったからだ。


「首飾りって、ご両親の形見のかい?」


 子供の父親がリトに尋ねた。


「そうなんです。 わたし、子鬼から必死に逃げてる間に失くしてしまって……きっとそれを探しに行ったんだ」

「なんて無茶なことを!」


 マスターが二人を諭そうとする。


「二人とも落ち着くんだ、そうと決まったわけじゃない」

「でも、他に考えられません!」

「……例えそうだとしても、嵐が収まるまでは手を出せないよ」


 マスターはあくまで冷静にはっきりとそう言った。


 それを聞いて、ショックを受けた様子のリト。

 だが、彼女はうつむいたままではなかった。


「こうはしてられない」


 キッと強い意志を込めた目で前を見る。


 酒場を出る外への扉へ、目線を向けたのだ。


 掛けてあるローブを被り、ランタンを手に持ち走り出す。


「リトちゃん! なんのつもりだ!」

「わたし、あの子を探しに行きます! もし、万が一の時にはわたしの財産は村のために使ってください!」


 誰も止める間もなく、そう言って出て行った。


村人は追うことを躊躇して、マスターを見た。

その視線にマスターは戸惑う、自分がこの場の責任者である以上、軽はずみなことは出来なかった。


 そんなことは関係ないと言わんばかりに、リトの後に続こうとするヨシキ。

 そこにケイジが割りこんだ。


「やめとけよ」

「そこをどいてください、ケイジ。 リトさんを止めないと」

「あの小娘を止めるだけか? ガキを探しに行く気じゃないだろうな」

「その通りです」


 ケイジはため息をついて見せた。


「ふざけんなよ、また無駄な時間使いやがって。 せめて行くなら商談が終わってからにしろよ」

「商談?」

「そうだ、ここの連中に金を出させるのさ」


その一言でケイジがしたことを、ヨシキは理解した。


 目頭がかっと熱くなり、気が付けばヨシキはケイジを怒鳴りつけていた。


「あなたはまさかこの結果を見越して、子供たちの前で話したんですか!」


 それに対して、肩をすくめるケイジ。


「そりゃ無理だ。 俺は神様じゃないから、百パーセントそうなるなんて断言できるはずがない。 そうなるかもしれないし、そうならないかもしれないくらいの低い可能性の話だろ。 だいたいガキがどれだけ浅はかなのか、なんて俺にはわからねえよ」

「御託はいいです、その可能性について考えていたんですね」

「ああ、そうだな。 本当のことを言うと『一割くらいはあるかもしれねえな』とは思ったぜ」

「あなたと言う人は!」


 襟元を掴み締め上げるヨシキ。


 ケイジは苦しそうにしながら笑った。


「おいおい、いつも優しい良い子のヨシキくん。 苦しいぜ」

「僕にも我慢できないことがあるんですよ、何が楽しくてこんなことをするんですか!」

「いや、マジで息出来ねえから」


 ケイジがつかむ腕を何度も叩くがびくともしない。

 歴然とした力の差がそこにあった。


「ヨシキくん。 そんなことをしてる場合か?」


 ケイジのそんな言葉で、ヨシキの動きが止まる。


 囁くように声を潜めて、ケイジは言った。


「ほら、リトが死んだらどうすんの?」


 それを聞いて床にケイジを放り出すヨシキ。

 打ち付ける音と共に、ケイジはうめき悶えた。


「くぅ……もうちょっとマシな降ろし方ねえのかよ」


 ヨシキはスーツを整えながら、帽子を被り直した。


「こうなったら僕は一人でも探しに行きます」

「いや、よせよ。 ヨシキならそう言うとは思ったけどよ、優先順位を考えろよ」


 腰をさすりながら、ケイジがヨシキを止めた。呆れたような表情だった。


「あなたのせいでこうなったんですよ! わかっているのですか?」

「お、とうとう八つ当たりしてきたな」


 ケイジは嬉しそうに笑う。

 ホコリを落としながら立ち上がった。


「いいか、今回のことは別に俺のせいじゃねえよ。 ガキ共がお前の顔を見たときに何を考えていたかわかるか? 『こいつは頼りにならない』だ。 ヨシキ、お前がガキを失望させたんだよ」

「あの時……?」

「お前が首飾りをあきらめた時だ。 もしあの時に、ガキを納得させたり、安心させてやればこんなことにはならなかったんだ。 お前のガキどもに対する理解不足と配慮のなさが原因だ」

「それは……」

「違うと言いきれんのか? そもそもお前は俺のせいだと言うが、あのガキがここまですると予想できるほど俺はガキどもと関わっちゃいねえだろ。 すべては偶然の産物だ。 俺のせいにして、責任をなすりつけたいだけなんだよ」

「……なら、僕が責任をとるべきですね。 やはり僕が探しに行くのは間違っていません」

「ホントむかつくな。 大人しく俺の指示に従えよ、勝手に危険な真似をするんじゃねえ」


 ケイジの言葉を無視して、ヨシキはそのまま出ていこうとする。

そこを村人たちに止められた。


「アンタ、やめときなよ」

「そうだぜ、アンタがいくら強いと言って無茶だ」


 村人たちは会話の内容は理解していないが、状況は察したようだった。

 つまり、リトと子供を探しに出ていこうとするヨシキと、それを止めるケイジと言う構図である。


聞く耳を持とうとしないヨシキを見て、子供の父親までもがヨシキを止めはじめた。

彼はいくら実の息子のためでも、他の家族や村を危険にさらしてまで強行することは出来なかったのだった。


「ヨシュキさん、だったよな? 気持ちは嬉しいが、一人はさすがに危険すぎる」

「……ですが」

「そこまで考えてくれる人がいたってだけで十分だよ。 なあに、きっと心配はいらない。 うちの子は神様が守ってくれるはずだ。 リトちゃんだってきっとわかってる、すぐに戻ってくるはずだ」


 それは何の根拠のない言葉だった。


しかし、もはや神にすがるくらいしか彼の心を保てないことを示すものでもあった。

さすがに実の父親である彼を無下にはできず、戸惑うヨシキ。


 何も言わずに目を左右に泳がすヨシキ。


 場は沈黙に包まれた。

それを見て何を考えたのか、ケイジが棒読みで一言添えた。


「あ、今すげえ面白いことを考えた」


 その場にいる全員がケイジに顔を向ける。


「ヨシキ、お前さ。 ……探し物のありか、知りたくねえか?」


 その言語を理解するヨシキだけが反応し、目を見開いた。


「……今何と言いましたか?」

「実はお前らが必死に探してた首飾り、見当ついてるんだよ。 ほぼ間違いないぜ」

「それは事実ですか? 嘘じゃないでしょうね?」

「ここで嘘をお前につくリスクを俺が犯すと思うか?」


 質問を質問で返す、ケイジ。

 決してはっきり答えを言わない嫌らしさがあった。


「……本当に間違いなくそこにあるという証拠はないはずです」

「そうだな、でもこのままだと永久に見つからない」


 それはヨシキも考えていたことだった。

 首飾りはこのままだと見つからない。


「俺は知らねえが、アレは大事な物なんだろ? これが交換条件だ、教えてほしかったら行くのをやめろ」


 うつむくヨシキ。

 ゆっくりケイジはヨシキに近づいて行く。


「どうだ? わかったなら、ガキを探しに行くのをやめろよ。 あの小娘を止めるだけなら、俺も文句は言わねえからさ」


 しかし、返事はない。


 しびれを切らせたケイジが、そのヨシキの顔を覗き込もうとした。

 その瞬間だった。


 躊躇いも情けも一切を見せることのない、真っ直ぐな鋭い拳がケイジを殴り飛ばした。


 ケイジの体が宙を舞い、テーブルに激突。それに置かれたままだったコップと皿が回転しながら、跳ね飛んだ。


 拳を突き出したままの姿勢で、ヨシキは力強く言った。


「正しいとか正しくないとか、責任がどうとかそういうことじゃありません。 これは僕のワガママです、僕は自分の気持ちのままにあの子を探しに行きます」


 村人はあっけにとられた。

 旅仲間であるはずのケイジが、ヨシキに話しかけながら近づくと、殴り飛ばされたのだから。


 ケイジが褒められた態度をとっていなかったのは間違いないが、話の流れは村人たちには理解出来なかった。


 そのまま扉を抜けていこうとするヨシキ。

 マスターが彼を呼び止めようとする。


「ヨシュキくん、やめなさい! 君まで危険な目にあうことは……」

「大丈夫です。 絶対に大丈夫ですから」


 最後に笑みを見せて、ヨシキはそのまま走り出した。


 扉が音を立てて閉まる。

 酒場の窓が強い風でぎしぎしと音を立てた。


 そこに響き渡る笑い声。

 笑っているのは、殴り飛ばされたケイジだった。


「アイツ、いつもは殴られて喜ぶ趣味のくせして、とうとう殴ってきやがった」


 息が出来なくなるほどに笑い転げるケイジ。


 ぜえぜえ、と不快な音を鳴らして苦しそうにしながら、一息吐き。

 思い切り空気を吸い込んで、叫ぶ。


「あー、クソ痛ェじゃねえか! 馬鹿野郎!」


 力いっぱいに叫んだあと、ケイジは天井を睨みつけた。

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