第7話 嵐の前
ケイジとヨシキが、顔を合わせたのはそれから間もなくのことだった。
ヨシキは村の子供達に肩車をせがまれながら、笑顔で相手している。
大人は忙しく子供とあまり遊んであげることがないらしく、彼らにとっては貴重な大人の遊び相手だった。
まるで実の父や兄であるかのように慕われているヨシキ。
それを傍で見守るようにし微笑む、リト。
彼女もまた子供と遊ぶ数少ない大人であり、子供たちからとても慕われていた。
今は旅人のヨシキがその人気をさらっているわけであるが、はしゃぐ子供をゆっくり眺めていることが出来るのもリトにとってはうれしいことだ。
ヨシキは相変わらず真っ白なスーツと帽子に身を固めているために、村人たちからは一見かなり浮いた存在になっている。
だが、すでに誰も気にすることがなく自然と馴染んでいた。
服装よりも奇行の方がよほど目立っている訳だが、それでも自分と言う存在を人々に受け入れさせることが出来ている。
そんな彼らに近づいていく悪人面の男性。
その男はもちろんケイジだった。
彼は言うまでもなく、彼は子供たちに怖がられていた。
耳に穴をあけピアスを通し、革のコートと真っ黒なズボンをはいている。
金に染め上げ逆立てた髪と、印象を一切和らげるどころか悪化させている黒眼鏡。
子供たちからすれば、得体のしれない悪者にしか見えなかった。
タバコをくわえたケイジは、何も言わずに右手を軽く上げて挨拶した。
子供たちが不安げな表情を浮かべて、ぎゅっと強くヨシキに抱きつく。
ヨシキはそれに気づくと苦笑した。
ケイジは一瞬子供たちに目を向けたものの、そのまま無感動にタバコに火を付けようとする。
だが、ヨシキはすかさずそれを止めた。
「ケイジ、子供の前でタバコを喫うのは駄目ですよ」
「うるせぇな、そんなこと気にしている村人なんていなかったぞ」
「僕が気にするんです」
「へいへい。 おぼっちゃまは実に育ちがいいですねえ、俺みたいな人間とは比べ物にならないくらい品がよろしゅうございますねえ」
「子供に配慮するのは大人として当然のことです」
「ああ、そうだな。 お前が常に正しいよ。 親にタバコの火を押し付けられたことがない奴からしてみたら、疑問に思う余地もないだろうね」
それを聞いたヨシキは戸惑った表情を見せた。
言われた内容が理解できなかったのだ。
彼にとっては、それはこの世にあるはずがないようなことだ。
今言われた言葉は認めるまでには時間がかかるような内容だった。
それを見て、ケイジは機嫌がよくなった。タバコを胸ポケットにしまう。
「知ってるか、ヨシキ。 明日は嵐だ」
ケイジは異世界の言語でそう言った。
まるで自分が話せるようにするために、ケイジが意図的に簡単な言葉を選んでいるかのような、そんな引っかかりをヨシキは感じた。
しかし、わざわざそんなことをする理由がわからなかった。
「……ケイジ、それは本当ですか? そんな天気には見えませんが」
「言ったのは俺じゃないぞ。 レッドエルフのレダスが言ったんだ」
ヨシキはそれを聞いて、子供達やリトの様子を見る。
人々はその答えに納得し、屋根の補強などについて話し合い始めていた。
周囲の村人も聞き耳を立てていたのか、そさくさと準備のためかその場を立ち去っている。
これが信頼できる情報だ、その場にいる村人全員がそう捉えていた様子だった。
「そう言うことだ、気を付けろよ」
「わざわざそれを言いに来たんですか?」
「そうだぜ、何かあったら大変だからな」
「……それは有難うございます?」
ケイジらしくない、そうヨシキは思った。
いつもの彼が善意だけでこんなことを言うはずがない。
「ああ、そうそう思い出した。 ヨシキ、最後に一つ」
「なんですか?」
ヨシキは「ほら、来た」と言わんばかりに、眉をひそめた。
善人とはお世辞にも言い難い人格の持ち主の要件が、これで終わる訳がないのである。
「もし明日が嵐になったら、さすがに首飾りは見つからないな」
「そんな!」
悲鳴混じりに叫んだのはリトだった。
「あれは……すごく大切な物なんです! 代わりなんてどこにもないものなんです」
「非常に残念だが、諦めるべきだろうな。 それに俺達には時間がない、嵐が終わり次第ここを立つべきだ」
ケイジは申し訳なさそうな顔を作ってそう言った。
どこかわざとらしさを感じるが、雨に流されたり土砂に埋もれたりする可能性もある。
今ですら見つかっていないのに、嵐の後の惨状で見つかるとは思えなかった。
泣き出しそうになるリトを見て、子供達は慰めはじめる。
「リトおねえちゃん! 大丈夫だよ、絶対見つかるよ!」
「そうだよ、今日見つけたらいいんだもん」
それを見てヨシキはやるせなさを表情に出し、そのままケイジに掛け合った
「もう少し待つわけにはいかないのですか?」
「ダメだ、もしこれ以上待たせるならお前を置いていく。 本当に不本意になってしまうが、俺は泣く泣くそうせざるを得ないだろな」
言外にまさかそんなことをしたりはしないだろう? と威圧するケイジ。
これは脅しでもなんでなく、本気でそう言っていると言うことをヨシキは理解していた。
実際のところ、嫌がらせじみた態度ではあるが、ケイジの言っていることは間違いなく正しかった。
「わかったら旅の準備をしておけよ」
そう言い残しケイジは去っていく。
ケイジが去り際に笑みを浮かべていたことに、ヨシキは気付いた。
動揺を隠せない子供たち。
ヨシキはそれらを落ち着かせるように声をかけていく、今から自分が首飾りを探しに行くからと。
だが、もちろん必ず見つかると確約することは出来ず、子供たちは泣きそうな様子を見せながら訴えを止めない。
「ヨシキにいちゃんなら絶対見つけられるもんね!」
「そうだよ、だって強いんだもん」
理屈にもならないことを言って、必死にそう口にする子供たち。
「……無理を言って困らせたらだめよ、失くしたわたしが悪いんだから。 ね?」
リトはそんな彼らをたしなめた。だが、決して明るい様子ではない。
「だめだよ! リトおねえちゃんの宝物でしょ」
「絶対にあきらめないで……」
ヨシキは困ったように、頭にかぶった帽子を撫でた。
「……あの人、本当に趣味が悪いですね」
ケイジはリトや子供たちが自分の言葉を理解できるように、あえて異世界語で話すことを選んだのだろう。
この状況はどう考えても意図的なものだ。
普段、困らせることが出来ないヨシキに対して、ケイジはいつも腹を立てている。
こうして数少ないチャンスがあれば活かしておきたいのだろう。
ヨシキは、元々ケイジが女子供に紳士的な人間だとは思ってはいない。
だから、今回のことは決して意外なことではなかった。
自分にダメージを与えるには、実に効果的な手段だった。
ヨシキは自分を攻撃される分にはたいして気にならないか、あるいは喜んで受け入れることが出来る。
しかし、他者を巻き込むとなるとヨシキ自身のなかで処理しきれないのである。
ケイジの行動に抗議しようにも、話した内容自体が間違っておらず嘘も含まれてはいない。そこがなおさらケイジの性格の悪い部分だと言えた。
ヨシキは空を見上げる。
雲ひとつない、青い空。とても嵐になるとは思えないこの天気。
その爽やかな天気とは対照的に、彼は憂いと共にため息をついた。
逆境を喜ぶケイジがほとんど見せることのない姿だった。
子供たちはそのケイジを見て、とうとう失望したように黙り込んだ。
そして、残念ながら首飾りはこの日に見つかることはなく、夕方にはどんどん風が吹き荒れていった。
レダスの言葉は的中したのだ。
憂鬱そうに酒場の窓から外を眺めるヨシキ。
自分の力不足を彼は噛みしめながら、憂鬱そうに外を眺める。風はどんどんひどくなり、もうすぐ雨でも降りそうだった。
「なんだ、元気がないな。 そんなお前を俺は心配で仕方ないぜ」
ケイジはそう言いながら、対面する席に座った。
手に持っている皿には、ブラッドソーセージとジャガイモが載っていた。非常に満足そうに笑みを浮かべている。
ヨシキは無言でどこか恨めしそうな目をケイジに向けた。
その視界にはリトの後ろ姿があった、カウンター越しに厨房で作業しているのが目に入る。
ケイジは首を傾げた。
「あ? ああ、このソーセージか。 レダスが狩りで仕留めた獲物だそうだ、血が入ったソーセージとか食ったことないよな。 正直言えば見た目がグロテスクだが肉には違いないだろ」
「僕がしたいのは、その話じゃありませんよ」
「まあ、聞けって。 レダスはこういうものは食べないらしい、腸詰と言う調理法が残酷に感じてしまうってことでな、燻製を好んで食べるそうだ。 これはエルフの感覚としては一般的らしいな。 他にも狩りの仕方から獲物の捌き方、生活の仕方、全部教わってきた。 数日じゃ身にはならなかったけどな」
「……何が言いたいんですか?」
「いや、言葉が自由で話せるお前は何を得たのか、と思ってな」
「色々な人と仕事を通して関わって、話を聞くことも出来ました。 地図とかその顧問魔術師とやらがいる街もわかります。 路銀だって手に入りましたよ」
自分だって遊んでばかりいたわけじゃない、そうヨシキは言いたそうだった。
ケイジはソーセージにかじりつきながら、何度も頷く。
「そいつは何よりだ、無事目的達成だな。 もうこの村に用はない訳だ」
「無事ですか、僕にはそうは思えません」
「ほう、じゃ仮に無事じゃないとして、だ。 お前は俺を責められるのか? いや、わかってるぜ。 もちろん、お前は俺を責められないよな?」
「……責めませんよ、リトさんが首飾りを失くしたことはケイジが悪いんじゃありません」
「だろう? 大丈夫だぜ、俺はその辺もお前のことをよくわかってる。 お前はそういうことが出来ない気高い人間だからな、責任のない俺に負担をかけることなく、八つ当たりもせずにこのまま一緒に村を出るはずだ」
そうケイジが言うとヨシキは黙り込んだ。
ケイジは満足そうに笑みを浮かべると、咀嚼する音を響かせた。
旅人の姿はほとんどなく、酒場はここ数日で一番静かだった。
風が窓を打ち付ける音が激しくなるほど、酒場の中は静かになるような気さえした。
酒場で聞こえるのは、他にマスターと村人が話し合っているくらいのものだ。
「もうすぐ嵐が来るが大丈夫か?」
「補強が終わってない家はない、川が氾濫しそうになったとしても倉庫に準備が出来ている」
「マスター、子鬼を退治する手はずは?」
「もうすでに人手は呼んでいる、嵐のせいで到着が遅れているだけだ」
「……それにしたって不安だぜ、家畜が襲われたりしないのか?」
「目撃証言はリトが襲われた後、狩人が2回見かけたきりだ。 それも狩場の外でだぞ、今のところ問題はない。警戒は必要だろうが向こうもこちらに怯えてるさ」
大の男たちが不安そうに次々にマスターへ質問していく。
それに対してマスターは顔色を変えずに、食器を布でふきながら淡々と答える。
マスターが村の顔役だ、というのは事実らしかった。
ヨシキは沈黙を破り、頭に浮かんだ内容をそのまま口にした。
「酒場のマスターさんが、ここまで村のなかで頼りにされてるなんてすごいですよね」
ヨシキはそう言いながら首を傾げる。不思議そうな様子だった。
ケイジはそれに対し、驚くことでもないと言うように言葉を返す。
「ここで唯一の宿は『メサの葉亭』だ。 ……飯と酒を出すのもな」
「そうですね」
「そうなると行商人は全員ここで宿泊するよな」
「ええ、他に場所がありませんからね」
ここまで言ってわからないのか、とケイジは呆れる。
ヨシキは根が善良なせいか心理的圧力とか、そういった力関係には疎いきらいがあった。
損得勘定で判断することが出来ない彼は誠実で善良である。
しかし、一方で利害により人間の関係もまた様相を変えるものであるということを理解できなかった。
「この状況下で、もし自分が儲けたいと思ったらどうする? 俺なら取引をぜんぶ仲介するね、なんなら必要そうな商品を全部先に買い取ってしまってもいい。 その上で酒の販売を独占する」
ケイジはマスターがこの村で果たす役割を、会話や人々の様子から読み取りつつあった。
この村で流通しているほとんどのものは彼を介している。
マスターがどれだけの金銭を得ているかは知らないが、重要人物であることは間違いなかった。
「……それが事実だとしたらそれはあまり褒められたことではないのでは?」
「別に悪い事じゃないだろ、海千山千の商人と渡り合うなんて至難の業だ。 村の外を知らない世間知らずなら、ふっかけられて買いたたかれて終わりだよ」
「商人さんだって、そんな自分だけが儲ければいいなんて思ってませんよ」
「そりゃ平和ボケだ、俺達の世界だって悲惨なもんだ」
ヨシキはピンと来ていない様子でケイジを見ている。
ケイジはそれを見てため息をついた。
「お前のその能天気な発想の根拠ってなに?」
「目の前のお客さんを粗末に扱ったら、他のお客さんが相手にしてくれなくなるじゃないですか。 お客さんを無視して自分だけ儲けてたら敵が増えるだけですよ」
「そりゃ間違ってないけどな、他に買える店がなかったら?」
「それは……買うしかないかもしれませんけど」
「だよな。 じゃもう一つ聞くけど、商人たちが互いに協力しあい一斉に値上げしたら応じるしかないよな」
そうケイジが言うと、ヨシキは信じられないものでも見るかのようにして目を見開いた。
人間は自分が絶対に取らない手段を、除外して考えてしまうことがある。
逆に言えばケイジは自分が取りうる手段を前提に物事を捉えていた。
「だいたい交渉技術ってのは、かなり大事だし評価されるべきだ。 技術料と手間代とるくらい問題ないじゃないか?」
「……話はわかりましたけど、マスターがそんなに裕福には見えません」
「だからわかれよ。 それが他の村人から慕われている理由だろうよ」
なるほど、と納得するヨシキ。
それを見て単純な男だな、とケイジは思う。
ケイジはこの村を客観的に分析する。
この村には兵士がいない防壁もない。
交通の中継拠点ではあるが、領主にとって金や人員をかけるほどの存在ではないのだろう。
しかし、この世界には怪物や山賊が存在し人々を襲うと言う。
実際、子鬼が数匹出ただけであわただしくなる有様であった。
そうなると、いったい誰がどうやって今までこの村を守ってきたのか、ケイジはそう疑問に思ったのである。
「俺はてっきりレダスが見た目通りの年齢じゃないものだと思ってたんだけどな」
レッドエルフである彼ならば、人間以上の力を発揮して村を守る事をしてみせるのかもしれない。
実際にそれを期待されている雰囲気を読み取れなくもなかった。
自分たちが村で歓迎されたように、力のあるエルフの若者もここで歓迎されそのまま居着いているのかもしれない。
「だとすれば、金儲けはここでは出来そうにねえなあ…… 」
最終的にケイジはそう結論付けた。
子鬼でも退治して金を要求しようかと思ったのだ。
しかし、村は食うには困らなそうだが裕福とは言い難い。
いざという時の貯蓄なんかもあるかもしれないが、他に頼りになるものがあるのに切り崩してまで自分たちに報酬を支払ったりはしないだろう。
落ち込んでいるヨシキを眺めながら、ケイジは退屈だと思った。
嵐になればすることもないし、生意気な相棒は散々いじめ倒した後だ。なおさらすることがない。
儲け話になりそうな仕掛けも村でいくつかほどこしたが、どれも失敗したようだった。元々成功する可能性の少ないものだったから当然と言えば当然だったが。
悪事をうまくいかせるコツは数をこなすことだ。
百人に詐欺を仕掛けて、一人でも引っかかれば働くのが馬鹿らしいほど金がもらえる。
しかし、罪に問われないようにするとなるとさらに確率の下がることもある。
ケイジはそれでもいいか、と思う事にした。
熱心に働くことが嫌いだからだ。
さて、そうなるとケイジにとって切実な問題はこれだ。
これからマスターに頼む酒を、いかにヨシキに支払わせるか、である。
そんなものは頼んでから考えればいいな、とケイジはすぐに判断。
マスターに一声かけようとしたとき、酒場の扉を激しくたたく音がした。
「来たか」
笑みを浮かべるケイジ。
ヨシキはその一言を聞き逃さなかった。
マスターが扉の鍵を開けた時、外から一人の男が飛び込んできた。
そして彼はこう言った。
「息子がいなくなったんだ! 助けてくれ、マスター!」
その子供は昼間にリトとヨシキが、遊んであげていた子供だった。
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