第6話 レッドエルフのレダス

 二人が名もなき村で過ごして、既に四日目である。


 ヨシキは相変わらず、積極的に勤労に精を出し。

その合間に鍛錬を行い、それ以上に自分の性癖を満たすことに全力を注いでいた。


彼の奇行は、周囲の目を強く引き付けるものではあったが、たいていの場合は「奇妙ではあるが異国の風習だろう」と噂されて終わりだった。


 もしかしたら宗教的な儀式と思われているのかもしれない。

ただし、彼の鍛錬の際に見せる体術は、名だたる武芸者を思わせるものでもあった。


 「二人が魔法使いである」などと言う世迷言を、村人は誰も信じていないらしかった。

訳ありであることを察したリトがそれ以上、吹聴しなかったのも理由の一つではあるものの、村人たちにとって『魔法使い』とは存在しえないものだった。


 村人からの認識はごくシンプルなもので、二人は彼らにとって腕の立つ旅人だった。


 それでも異国出身の得体のしれない人間であり、数日滞在するとなって警戒されなかったわけではない。


 だが、ここは元々旅人から少なからず金銭を得ている村でもあったし、顔役であるマスターの口利きと、その看板娘のリトの恩人とあれば強く反対も出来ない。


 一方でこういう側面もあった。

レダスは「子鬼については村の問題だ」と断言したが、他の村人のなかには用心棒が出来た、と捉えるものもいたのである。

それもそのうちの一人は働き者だった。

 

少なからず、人間は打算で動くものである。


 それらの事情もあって、二人は変わり者と思われつつもおおむね好意的に扱われていた。

 

では、片割れのケイジは普段何をしていたかと言うと……。

 酒場で昼間から飲んだくれていた。

 

見かねて、同席しているレダスが注意する。


「ケージ、飲みすぎではないか?」

「いや、これも役割分担だから」


 ケイジの飲み代は、すべてヨシキへのツケである。


「アイツは働く役、俺は飲む役。 お互い自分の役割に一生懸命にならないとな」


 元の世界の言葉でふざけた返答をするケイジに、レダスは首を傾げるしかない。


「……なにを言っているのか、さっぱりわからん」


 ケイジはこの三日で考え方を変えることにした。

普通に答えるとひんしゅくを買いそうな内容の言葉も、元の世界で言えば伝わらない。


 だから、いっそうのこと自分にとって都合の悪い内容の話は、ぜんぶ元の世界の言葉で返事をすることにしたのである。


 村に来てからありとあらゆる提案や頼みを、言葉が話せない風を装って無視してきた。


 ケイジが人々の言葉が理解できることはすでにばれてはいるのだが、わけのわからない言葉でまくしたてられると村人たちは戸惑い萎縮してしまう。

それを最大限にケイジは悪用していた。


 正真正銘のクズである。


「と言うか、ヨシキの奴やけに忙しそうだな。 店にいないときもあるようだが……」


 ケイジは独り言を話す。それはもちろん元の世界の言語だった。

 しかし、レダスはそれを聞いて意味を察する。


「相棒が気になるのか?」


 とうとうレダスもつられて酒を頼み始めた。

ケイジは言葉が不自由だ、にも関わらずレダスは行動を共にすることが多かったせいか、様子から話している内容を読み取れることも多くなってきた。


「いや、気になってない。 さらに、奴は相棒じゃない」

「リトが首飾りをなくしたらしい、お前に助けられた時だ。 子鬼がいるかもしれないので、ヨシキが探しにいっている」

「……そうかよ。 アイツ、また余計なことを」


 これ以上目に余るなら、このコンビも解消するべきかもしれない。

ケイジはそう考え始めている。


 地獄と言う最悪の環境で、成果を挙げられたのは、ヨシキがいたからこそだ。

それはケイジも理解している。


 だが、ヨシキが他者を助けることを優先し、目的を見失うような人間であれば早めに別れた方がお互いのためだ。それがこの数日でケイジの出した結論だった。


 冷たいようだが、ケイジとて遊んでばかりいたわけではない。


 村の人々や旅人の様子、会話には気を配っていたし、レダスが森で狩りをしている時はケイジも彼についていくこともあった。

今だって酒を飲みながら、周囲の会話に聞き耳を立ててさえいる。


 これらの行動は純粋にケイジが暇だからと言うのもあった。

なにせこの世界には娯楽がない。あまりに退屈なのだ。

特に狩りを実際に見ることはなかなかの娯楽である。


 狩りに同行したのは、この世界での獣や狩りについての知識を得るためのものでもあった。

狩人としての技術は、これからの旅に役に立つかもしれないと言う打算もケイジにはあった。

だが。獣の捌き方や狩猟弓の使い方などは、見ただけで身につくものでは当然ながらなかった。


 レダスはケイジの同行を拒否することはなかった。

 狩りの対象は、あえて山に村人たちが放している獣だった。


家畜のように世話するのではなく、放逐し餌を自分で取らせることで手間や費用をかけないようにしているのだ。


 単純に家畜にするには大変な獣であるから、世話が出来ないと言うのもあった。

 気性が荒くたまに山に入った村人が襲われ死ぬことがある、そうレダスから話を聞いた時にはさすがのケイジも呆れを隠せなかった。

 

山での危険はそれだけではなかった。

 

子鬼のような怪物だけでなく、食うに困った山賊が出没することもあるとまで注意を促されたのだ。

中には領地をもたない貧乏な騎士が、強盗や略奪などの狼藉を働くこともあると言う。


 とても安全とは言い難い環境である。

 各地を巡回する警視と呼ばれる兵士、地元の自警団。


この二つが主に警備と治安を守る立場にあると言う。


 しかし、身分の高い者を捕縛するには命令書が必要で、例外は現行犯と指名手配犯くらいしかなく、兵士のなかには賄賂や汚職も手を染めている者も少なくない。


 レダスはあまりに物を知らないケイジにそうした忠告をしたのだった。

 その話を思い出すたびに、ケイジは舌打ちをした。


「実質、野放しかよ」


 レダスは、ケイジがそう独り言をつぶやいてすらいる姿を見て「この男は酒を飲むのにすら悪態が必要なのだな」と妙に感心した。

レダスはケイジを酒の肴代わりに観察し楽しんでいたのだ。


 要するにレダスからしても、ケイジと言う存在は物珍しい娯楽だった。


 滞在中、レダスがケイジに食事や酒をおごることもあったのだが、それらは珍獣に餌付けしている気分ですらあった。

 それをケイジは「良い財布が出来たぜ、ラッキー」くらいにしか思っていなかったが、自分が珍獣扱いされていると知ったら今度こそ泣いていたかもしれない。


 二人が二本目のワインボトルを空にしたころ、ふと思い出した要件をレダスはケイジに伝えた。


「ケージ、明日は狩りを休むぞ」


 なぜか自分は明日も村に滞在する予定になっているな、と考えながらケイジは目を細めた。

さすがにそろそろ村を出立するべきだと考えていたのだ。


「まあいいや。 なぜ狩りを休む?」

「明日は嵐だ、荒れるぞ」

「……嘘だろ、今日は雲ひとつない青空だぜ」


 窓から見る外の景色は穏やかなものだった。柔らかい日差しに、駆け回る子供達。

 あまり天気がいい日は外に出歩きたくないと言う、不健康なケイジにとっては忌々しい天気だった。


「しかし、そうなると嵐が過ぎるまでは村を出るのをやめた方が身のためだな」


 ケイジは胸の裏ポケットから、懐中時計を取り出す。

 古めかしい赤茶けたその懐中時計を開くと、彼は顔をしかめた。


「残りはざっと270日ってところか? ……これもどこまで信じたらいいか、わからねえからな」


 それは奇妙な時計だった。

 秒針の進み方が遅くなったり早くなったりと一定の速度を保っていない。


 正確な現在の時間を示していないようだったが、それらの意味をなぜかケイジは理解することが出来ていた。


 そしてさらに奇妙なことに、その懐中時計には四本目の針が存在した。

 忌々しそうに眺めるが、見つめるのを決してやめようとはしない。


「世の中で見たくないものってのは、大体の場合が真実だ。 ホント世の中ってやつはクソだわ」


 さらに悪態をつき始めるケイジをレダスは冷静に観察していた。


 絡み酒、泣き酒は見たことがあるが、悪態酒というのはあるのだろうか。

そんなことをこのレッドエルフは考えていた。純粋な疑問である。


「ケージ、酒に酔うとはお前にとってどのようなものだ?」

「はあ? また変なことを聞くんだな、お前。 ……こっちの言葉でなんて言ったらいいのかわからねえな。 ええと……なぜそれを聞く?」

「なぜ? ……我らエルフは酒に酔わんのだ、だから不思議に思う」

「へえ、それは退屈だな」

「退屈かどうかはわからぬが、人間の酔い方がそれぞれ違うのは面白い。 だいたい決まった形はあるようだが、とても興味深いものだ。 我らは酒を飲んでも普段とそう変わるものではないからな、影響があっても微々たるものだ」

「お前だって、半分は人間だろうに」

「エルフは滅多に子をなせないが、受け継がれる力は人間と比べれば強力なものだ。 エルフの血を受け継ぐ者を、人間と同じ存在だと思わないほうがいい」

「レダス、それはエルフと比べて人間の力が微々たるものしかないように聞こえるぞ」

「その通りだ、ある意味では最強の種族だったと言える。 一時は地上を征服し、この大陸すべてを領土とする王国を為したほどだ」

「……そいつはすげえな」

「しかし、滅び逝く種でもある。 それを認めないのは王国の復権を目指そうとする一派だけだ」

「なんだそりゃ? 最強なのに衰退したのか?」

「そうだ。 結局のところ、強さだけでは地上の指導者たる資格は不足していたのだろう。 『強い』と言うことは、『強い』と言うことでしかない。 それに気づけたことがエルフにとって、最も偉大な財産であると言える」

「意味不明だな。 なら最強種の血を受け継ぐお前は、なぜ人間といる?」

「……それこそが我にわからないことだ。 その答えを我は求めている」


 レダスはどこか遠い目をしている。


 遠き過去のことを思い出しているのだろうか、そうケイジは考えた。

レッドエルフと人間の寿命が同じとは限らない、見た目以上に年齢を重ねている可能性がある。


 と、なればその思い返す時間の感覚や長さも違うのかもしれない。

ケイジは疑問をそのまま口にした。


「そういや、お前は何歳なの?」

「この世に生を受けて、今年で20年を数える」

「年下かよ! それこそ嘘だろうがよ、老けすぎ!」


 全くもってそうは見えないほどの貫録がある。

彼は歴戦の戦士にも見え、また経験を積んだ狩人のようでもあった。


事実、この村で彼よりもどっしりとした佇まいの男は存在しなかった。


「レッドエルフってどれくらい生きるのよ?」

「……本来のエルフは不死だった。 今のエルフは違うが、それでも千年を生きた者を知っている」

「千年とは気が遠くなる数字だな」

「その混血たる我も同じく長命なのだろうが、寿命はそれぞれの混血にばらつきがあり一定ではない」


 自分の死ぬまでの時間はわからないのだ、とレダスはそう話した。


 しかし、その話から疑問も生まれる。寿命が長いのだから、成長も遅いのではないか。という点だったが話には続きがあった。


「原初の時代に生きた不死たるエルフすら、成人に必要な期間は、現代の人間という種が要する歳月とそう変わらないものだったそうだ」

「ああ、成長が遅かったら弱みになるもんな。 そんな欠陥種族がこの世界で生きていけるわけがないか」


 守られている時間が長い生き物が、過酷な環境下で生きていけるはずもない。

獣とて生まれた瞬間に立って歩くことが出来るのにも関わらず、人間は自分で食事をすることすら出来ない。


それ以上成長が遅いのは致命的と言えただろう。


 ケイジが一つ引っかかったのは、現在のエルフと古代のエルフ。

 この両者に違いがあるように話していることだ。


悪鬼と子鬼のように、時代と共になんらかの変化があったと見るべきか。

あるいは、単なる神話に過ぎず事実とはかけ離れた言い伝えであると見るべきか。


 ケイジが思考を整理しようとしていると、今度はレダスがケイジに質問をしてきた。


「ケージは何年生きたのだ?」


 年齢の話をされるのは、ケイジはあまり好きではなかった。

 しぶしぶ答える。


「……三十歳前とだけ言っておこう」

「ふむ、それにしては落ち着きが足りないな」


 やや不快そうな表情を見せて、ケイジは元の世界の言葉でつらつらと話し始めた。

 真面目に答える気は一切ないと言わんばかりのふざけた態度だった。


「どう考えてもお前が老けてるだけだよ。 俺は未成年の頃から大人の階段昇って色々イイコトしてるから、こう見えてその辺にいる奴らよりもずっと大人なのさ」

「……何を言っているのか、さっぱりわからん」

「少年の心を失わない大人って素晴らしいって話だ。 あ、タバコ喫っていい?」

「また紙パイプか、好きにしろ」


 レダスは呆れた様子を見せた。

 エルフにタバコのような嗜好品は存在せず、また使おうと思うこともないようだった。


 村に滞在中も喫煙をしているケイジや村人を見て、理解不可能だと言う様子を見せていた。


 パイプやタバコは時間の無駄だと言わんばかりである。


 ケイジは頷いて煙草をくわえながら、酒場の外に出て行った。


 別に『メサの葉亭』で喫煙しても誰かに咎められることもないのだが、「どうせ煙草を喫うなら空気のいいところで喫いたい」などと矛盾したようなことを考えているのである。


 酒場を出ていく背中を見送って、レダスはふと気づいた。


ここ数日、ケイジが自分に断って喫煙することなどない。

いつも勝手に自由気ままにふるまう彼らしくない行動だった。

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