20
「うわっ」
「きゃ」
そして姿を現したのは、同じ学園の制服を着た、男女一組の生徒。その反動なのかなんなのかはわからないが、灯里を掴んでいた手がすっと離れて鏡の中に消えた。
「………………なにこれ? どっきり?」
げほげほと咳き込んでいた灯里だったが、身の危険が去ったのを察したのか、目の前の光景にすっと目を細める。
「知らん」
そんな灯里の不穏な様子に、祐司がすっと抑えていた手を離して距離を取る。
「ふーん……」
そのまま灯里はこつこつと突然現れた二人に近寄った。
鏡から転がり落ちてきた二人は、「いたたた」と打った場所をさすっている。
「ここは……?」
そうして顔を上げたのは男の方だった。その顔に、清正だけが顔を背ける。
その顔は知っていた。
生徒会長だ。
だが、みなの知る生徒会長ではない。清正のみが知る生徒会長だ。
「あんたたち、どういうつもり?」
「は、はい?」
顔を上げた生徒会長は見下ろしてくる灯里の気迫にたじろいだ。常は平静としていそうな面持ちだったが、周囲の異様な高温と、目の前に立つ灯里の異様な雰囲気に、尋常ではないことを察したのだろう。
「え、ええと、僕たちは」
「悪戯のつもりだったなら土下座すれば許すけど」
ごきり、と関節を鳴らす灯里の怒りに、視線を彷徨わせていた生徒会長は清正の姿を見つけた。
「清正くん!」
「!!」
目の前の謎の人物が清正の名を呼んだことに灯里は驚いたのだろう、ばっと清正を振り返った。当の清正は「こっちに振るんじゃねえ」とそっぽを向いたまま無視を決め込んでいる。
「清正、呼んでるけど」
「いや、知らないな、人違いじゃないか」
「清正くん、清正くんだろう。良かった、無事だったんだね」
頑なに他人のふりをする清正の気持ちを無視して、生徒会長は清正に駆け寄った。
「清正、知り合いだろ」
「知らん」
睦樹に詰め寄られるが清正は他人のふりを決め込む。
そんな清正に生徒会長も何か気付いたのだろう、ぽんと手を打った。
「ああ、そうだよね、ごめんよ、ワイシャツはこっちで弁償するから」
そう手を合わせる生徒会長に、睦樹と祐司と灯里が視線を清正に集中させる。清正がそれに生徒会長を睨めば、さきほど灯里に見せていた表情はどこへやら、にこにこと人当たりのいい笑顔を向けていた。
「……清正くん、知り合い?」
「知らん」
「でも昨日? 今朝? 何かあったんだろ?」
「何もない」
「清正」
最後に睦樹が、ぽん、と清正の肩を叩いた。
「正直に話した方が傷は浅く済むぞ」
「いや、マジで無関係なんだけど……」
清正が頬を引き攣らせながら言う。睦樹や祐司は良いとして、灯里はこの「どっきり」との主犯格を見つけたと言わんばかりに青筋付きのいい笑顔を浮かべている。
これは確実に燃やされる……
そう清正が逃げの算段を立て始めたところで、今までずっと鏡の前から動かなかった女子生徒――イナズカが「あのぅ」と声を上げた。
「なに?」
いちばん近くにいた灯里がその声に応えた。
「あの、今って何時ですか?」
「時間?」
なにその質問、と言わんばかりの灯里の口調だったが、黙って祐司の方を向く。祐司は手元の腕時計を見て「三時前だね」と答えた。
「三時!?」
すると、イナズカは驚いたように飛び上がって慌て出した。
「え、ちょ、なに……? どうしたの……?」
そんな態度の急変に灯里が戸惑ったように声を掛ける。
「大変、生徒会長、私、『お参り』に行ってきます!」
「ああ」
そのままばたばたと階段を下りていくイナズカの背を生徒会長を除く一同は呆然と見送る。生徒会長だけは何やら事情を知っている様子だった。
ぱたぱたと駆け下りていくイナズカの足音を聞きながら、ふと清正は思う。
今こそ逃げるチャンスなのでは?
そーっと集団から距離を置いた清正は、それに気付いた灯里が振り返ると同時に「じゃっ!」と片手を上げて軽快に走り出した。
「あ、こらっ」
階段を二段飛ばしで駆け上がり、全速力でその場から離脱する。道中、教師に「廊下を走るな!」と怒られたが、清正の知ったことではない。
一度教室に戻って鞄を回収し、そのまま帰路に着くことにする。そもそも今日は早く帰りたかったのだし、あの状況で灯里に詰め寄られるのは怖すぎる。生徒会長の安否は知らん。
昨日と違い、部活動の声で賑やかな校庭を横目に、清正は校門に向かう。その道中には校内神社への参道に続く道がある。そこに水月の姿を見つけてしまったのが運の尽きだったと、清正は自身の軽率な行動を恥じ、しかし今日は水月もいないのだから何も気にかけることはないと通り過ぎようとして、
イナズカの後ろ姿を見た。
一瞬、水月の後ろ姿と間違えそうになったが、そもそも水月は今日はもう帰っているのだ。参道の奥に消えていくのはイナズカのものである。
「………………いや、帰ろう」
そういえば彼女は「お参り」に行くと言っていた、その意味がさっぱりわからなかったが、ここに来るという意味だったのか。
だが自分には関係のない話である。
清正はそう振り払って校門に一歩近づく。
「………………」
しかし、そもそも彼女は曰く「もうひとつの世界」の住人であるはずだ。つまり、お参りに行くと言っても、「ここ」ではないのではないだろうか。そんな疑問が清正の脳裏をよぎる。
いや、だが、そもそも自分には関係のない話だ。
そう振り切ってもう一歩校門に近づく。
「………………………………………………」
だが、けれど、昨日のこともあったのだから、あそこにひとりで行くのは危ないのではないか。いや、あの謎の女子生徒が何を基準に手を出してくるのかは清正にもさっぱりだし、もう二度と会いたくないし巻き込まれたくもないのだが。
ざわざわと木々が鳴く。
「………………ええい!」
清正は体を回して校門に背を向けた。そのまま参道に入る。水路からは距離を取り、いつでも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます