第三章
18
神様なんてものは信じていなかった。
けれど私は出会ってしまった。
見たものは否定できない。聞いた声は否定できない。
私の眼前にいるものが果たして本当に神様だったのかは、わからない。けれど、それがこの世の理では説明できないものであることは、わかった。
だから私はそれを「神」と呼んだ。
そして求めた。
どうか神様。
――私を助けてください。
◇◇◇
「――で、何がどうなってこうなったんだよ」
「説明のしようがない」
昼休みの屋上、弁当を広げた睦樹の横で、清正は上だけジャージという珍妙な格好で胡坐をかいていた。
水月に引っ張られる形で鏡に入り、放り出されたそこは、もともといた場所と変わらない、けれどイナズカたち風に言うならば「別世界の」志波学園の高等部校舎であった。最初は同じ場所だけれど違うということに混乱し、何度か鏡を叩いてみたりもしたけれど、何よりも
とはいえ、安心するのも束の間。清正は重大な事実に気付いてしまった。
そう、清正はその段階で上に何も着ていなかったのだ。
時間は朝のホームルームの時間で廊下を歩いている生徒がいなかったのが清正にとっての救いであった。上半身裸で階段の踊り場に座り込んでいるのを見られた日には、残り一年半の学園生活が針のむしろになったに違いない。こそこそと隠れながら一番近い男子トイレに逃げ込み、水月にジャージを持ってくるよう頼んだのだった。とはいえ、水月が男子トイレに入るわけにもいかないので、持ってきたのは好奇心と疑問を顔全面に出していた睦樹であった。
「びっくりしたぞ? ホームルーム終わって便所に行こうとしたら水月に捕まって、お前にジャージを届けろと言うから届けに行ったら裸だし」
「いやもう、ほんとなんて言えばいいのかわかんねえ」
はあ、とため息をつく清正に、睦樹は少し考える素振りをしてから、弁当を口に運んだ。
「まあ興味はつきないんだけど、とりあえず今はいいや」
「おー、そのまま忘れてくれ」
「それはないな。何せ、昨日お前が返ってないせいで、俺のもとに君の母君からご連絡があった」
「あー……」
まあ、そうなるのが自然だろう。水月の方は午前中のうちに親が学園に尋ねてきて、そのまま半強制早退となった。清正は落ち着いた二時間目あたりで、シフターを使って親に連絡を入れたところ、ひとまず無事を安堵され、そして帰ったら説教が決定した。
「……なあ、今日お前の家に泊まっていい?」
「こういうことはさくっと謝った方が得策だぜ?」
それはわかってるけどよお、と清正が呻く。ただ帰らなかった、というだけならなんてことはないのだが、ワイシャツを一枚どこかにやったというのはどう説明したものか。眼下の西門は、清正の記憶通り頑丈な鍵で開かないようになっている。
イナズカの言っていたことは本当なのだろうか。
その西門の様子を見ながら、清正はぼんやりとそんなことを思う。
あたらでも何がなんだかわからない状況だったが、こちらに戻ってきてからもばたばたと慌ただしかった。睦樹からジャージを受け取った清正は、教室に行こうと言う水月にまず鞄の回収だと言った。落とした場所は一カ所しかないからそこらに行けば、昨日落としたときのままだろう、鞄が二つ地面に落ちていた。池も神社も昨日の夜となんら変化はない。すべての元凶とも言える池を清正は見ないようにして立ち去り、そのまま参道を出たところで教師に見つかったのだ。二人して仲良く職員室に連行され、そこでどう説明したものか言葉を彷徨わせる清正の横で、水月は淡々と「麗くんと文化祭の準備をしていました」と嘘をついていた。そうこうしている内に水月の両親が来て、水月はそのまま帰る流れになったのだ。
「なあ、睦樹」
「うん?」
「お前、別の世界とか信じる?」
「はあ?」
怪訝な顔をする睦樹に、清正は「いや、やっぱなんでもないわ」と言った。今朝のようなことがあったこんなことを言い出したら、確実に変人の扱いになってしまう。いくら小学生以来の友人とはいえ、いや、友人だからこそ、変なことは言えない。
「おい大丈夫か? がちでやばめのこととかやってないよな?」
「してないしてない、なんでもねえって」
ここで馬鹿にするでもなく真剣に心配してくるあたりに、清正は昨晩から今朝にかけてのことは睦樹には絶対に言わないでおこうと心に誓った。真剣に病院を紹介されるかもしれない。
本当に大丈夫かと繰り返す睦樹に、清正は平気だと返す。
「……まあ、清正がそう言うんなら、俺は信じるからな? もし嘘ついたら一生『うららちゃん』って呼ぶからな」
「お、死ぬか?」
「お、やるのか? うららちゃん」
構える清正に、睦樹もまた箸を構える。
暫し無言で向き合い、それから二人して笑った。
「そういや今日の放課後も文化祭の準備するってよ、俺は朝から小牛田に目をつけられた」
「ご愁傷様」
「なに言ってる、お前もだぞ?」
「さすがに今日は早く帰らせてくれ」
風呂入りてえんだよ、と言う清正に睦樹が目を丸くして、じりと身を引いた。
「お前……風呂入ってないのかよ……」
「いつもは入ってるっての! 昨日だけだ!」
「はは、冗談だっての。わかったよ、小牛田には言っとく。まあ、あいつのことだから、『お湯頭から被ればいいでしょ』とか言い出しそうだけど」
清正の言葉を信じているのかいないのか、若干身を引いた状態のままで言う睦樹に、清正はため息をついた。
「ほんと、小牛田のやつだったら言いそうで怖いんだよなあ……」
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