14
鏡に映っている女子生徒は、間違いなくここの学園の制服を着ていた。本来なければならない物体がないことを除けば、鏡に映っているものはともすれば見過ごしてしまいそうなほど、そこに映っている景色は自然であった。
「………………」
だが、事前に彼女がいることを知っていた面々は、それが不自然であることを理解している。鏡の前に女子生徒が立っていないことだけではない。
彼女には顔がないのだ。
いや、正確にはあるのかもしれない。なんとなくだがあるような気配はあるのだ。目、鼻、口、すべて揃っているように見えるのだ。だが、形にならない。それを顔として認識できない。ほかの部分ははっきりとした像ができているにも拘わらず、顔だけは不鮮明にぼけて見えるのだ。
その違和感や不自然さが、一同の背筋を冷たくさせる。
「……俺、逃げていい?」
「弱虫」
清正の声に水月が冷たく言い放つのと、鏡面に波紋が広がったのはほぼ同時であった。
「――っ、危ない!」
生徒会長が声を上げるよりも先にその頭上を腕が通過した。
「え――、ぅわ!?」
「清正!?」
がくん、と引っ張られる感触がしたかと思うと、清正の体は宙に放り出されそうになった。しかし、ワイシャツごと引っ張られるかと思われた胴は持ち上がらず、ずるりとワイシャツだけが清正の頭を抜けた。
「お、う、ちょ、ちょっと待て」
半脱げの状態で前も見えず身動きも取れない清正は、なんとか踏みとどまろうと脚に力を入れるものの引っ張る力は予想以上に強い。水月が後ろから羽交い絞めにするも、ずるずると引き摺られる形になる。
「ええい、いっそのこと脱げ!」
「この状態で脱げるか!」
階下からの生徒会長の声に清正は反論する。実際ワイシャツが絡まって腕も満足に動かせない状態だ。
「生徒会長さん、ボタン外して」
「あ、わかった!」
水月の声に生徒会長が駆け上がり清正のワイシャツのボタンを外す。五つ外れたところでするりと抜け、その反動で清正は尻餅を突いた。どすん、という鈍い音に皆が注目する背後で、鏡から伸びた手はワイシャツを手にしたまま鏡に消えた。
「あ、俺のシャツ」
慌てて清正が手を伸ばすも、既に鏡が沈黙した後であった。鏡にはもう何も映っていない。
「………………今のが怨霊?」
「……そうです」
水月の問いにイナズカが頷いた。
沈黙した鏡を前に異変は去ったと判断したのか、生徒会長と男子生徒が鏡に近寄る。
「……なあ、俺のシャツはどうなったの? 鏡の中に消えたんだけど……」
階上では上半身裸にされた清正が戸惑ったように皆を見渡していた。
「残念だけど、シャツがどうなったのかはわからない」
「ジャージ貸してくれません?」
「後で持ってくるよ」
鏡をこんこんと叩きながら、生徒会長は致し方ないとばかりに言った。
「鏡の中はどうなっているかわからないのね」
「私たちは入れませんし、入ったところで、出てこられるかもわかりませんから」
「……一応聞くけど、今までにあの中に引きずり込まれた人とかいるの?」
「………………」
イナズカの沈黙は清正の背筋を凍らせるには十分であった。
「シャツだけで済んで良かったわね」
「いや、マジで、ほんとに」
ああもうさんざんだ、と頭を掻きながら、清正は座り込んだ。
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