11
生徒会室、と書かれた表札を前に、清正はうまい具合に口車に乗せられた気分になっていた。
鏡から出てくる女の話を女子生徒の口から聞いた水月と清正は、真っ先にその正体を尋ねた。だが、女子生徒はその質問には答えず「ついてきてください」と告げたのみであった。そんな女子生徒の態度に腹を立てた清正だったが、水月に宥められておとなしく女子生徒についていくことにした。
そうして辿り着いた先が、よりにもよって生徒会室。どう好意的に見ても、うまい具合にかまをかけられたのでは、と清正が水月を見れば、反して水月は背筋を伸ばして扉と対峙していた。
そういえば、と清正は思い出す。
水月が
とはいえ、それも過ぎた話だ。水月自身が辞退したものでもある。未練はあっても今さらどうこう言うことは、水月のことだからないだろう。
視線を水月から前の女子生徒に戻す。女子生徒は丁重に、こんこんこん、と三回ノックをしてから扉を開けた。
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
「……失礼します」
女子生徒を先頭に、清正、水月と続く。
中は通常の教室よりも豪華な造りをしており、来客用のソファがふたつ、カップなどを置いている木製棚が壁沿いにあり、それに並ぶ形で事務用ファイルが納められた収納棚が続く。部屋をふたつに割った半分には、生徒用の机が六つ、四角い形で配置され、もう半分には職員室にありそうな事務机が置かれていた。
その事務机で腕を組んでいる男子生徒がひとり。
清正も水月も彼こそが生徒会長であることに気付いた。そして清正は、心底苦手なタイプだと踏み、溜め息をついた。
「会長、ふたりを連れてきました」
「ありがとう」
女子生徒の声に持ち上がった顔を見て、水月がちらと清正の方を見た。清正はそれに「なんだよ?」と怪訝そうな顔をし、それに水月は「なんでもないわ」と返す。
清正から見るに、生徒会長はまさに「生徒会長」という体をしていた。整髪剤など一切使っていないであろうに整っている黒髪に眼鏡、残暑も厳しい時期だというのに第二ボタンまで締められたシャツ。衣替えが終われば、きちんと上まで締められたネクタイがお目にかかれることだろう。
そんな生徒会長は椅子から立ち上がり、清正たちのもとに歩み寄ってくる。
「初めまして」
そうして差し出された右手を清正は見、それから目の前の生徒会長を見る。
「あの、そういうのいいんで、さくっと本題に入りたいんすけど。もしくはそこのソファで寝かせて」
「清正」
友好的でない清正の態度に水月が慌てて割り入って頭を下げる。
「すみません」
「いや、まあ言いたいことはわかるから」
そもそも同学年だしね、と笑う生徒会長に、水月が再び「すみません」と頭を下げた。
「じゃあ早速だけと本題に入ろうか。……ひとまず座る?」
生徒会長がソファを指差せば、清正は我先にと「座る」と腰掛けた。ひと晩、固い地面で過ごした体にふかふかのソファは心地よい。
「あ~……生き返る……」
「ちょ、横にならないで、座って」
そのまま横になって眠りそうな清正の顔を引っ叩いて、水月は清正の隣に座った。向かう形で生徒会長と女子生徒が座る。
「ひとまず状況を整理するけれど、僕たちから君たちへのお願いは『文化祭の開催を手伝ってほしい』こと」
「そういうのは文化祭実行委員に頼めばいいだろ……」
「それも道理なんだが、今回はちょっと事情が複雑なんだ。ひとまずは置いといて、逆に君たちの問題は『鏡から出てくる謎の女の正体』と『元の世界に戻る方法』といったところかな?」
「そ――ん?」
そうそう、と頷きそうになった清正は、普通ならば入らないであろう言葉の羅列に動きを止めた。そんな清正の代わりに、水月が一言一句を確認するかのように、生徒会長の言葉を反復する。
「『元の世界に戻る方法』、ですか?」
「うん。違ったかな?」
きょとんとした様子の生徒会長に水月と清正は顔を合わせる。それから清正が身を乗り出した。
「いやいやいやいや、元の世界も何も、俺たちここの学園の生徒ですし? 家には帰りたいけど!」
「? 君たちが? いや、確かに制服はここのものだけど……」
「間違いありません。私も、清正も、この学園の生徒で、昨日、校内神社近くの池に落ちてそのまま、皆さんの言う『鏡から出てくる女』に追いかけ回されて……それで、屋上でひと晩を明かしただけです」
今度は生徒会長が戸惑う番であった。困惑した様子で隣に座る女子生徒を見る。女子生徒だけは、この齟齬を最初から知っていた様子で落ち着いていた。
「イナズカ、どういうことなんだ?」
女子生徒に尋ねる生徒会長の声に、水月が顔を女子生徒に素早く向ける。問われた女子生徒は、自分の方を向いた水月をちらと見返し、それから生徒会長の方を向いた。
「会長、これは、おそらく……事故です」
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