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 総合時間は文化祭当日の配置を決めたところで終わった。清正は無事に裏方を勝ち取り、睦樹と一緒にサボれると喜んだ。


 授業はこの時間で最後だったため、放課後は部活動に行く者、バイトに行く者、文化祭の準備をする者に自然と分かれた。清正は家に帰るかと思って立ち上がったところで、クラスの文化祭実行委員に捕まり、文化祭の手伝いを余儀なくされた。


「清正くん、帰宅部なんだから手伝いなさい」


「えー、それを言うなら睦樹だって」


「すまん清正、俺は今日このあと、人生がかかった一世一代の大仕事がある、さらば」


「てめえ! それただのライブチケット争奪戦だろうが!」


 清正を囮に素早く廊下に姿を消す睦樹。その背に怒りをぶつけながら清正が腕を掴む手を振り払おうとすれば、実行委員の「燃やすよ?」という脅しが降ってきた。相手は所詮女子、力で敵うまいと思ったところで、元素エレメントを用いられたら話が変わる。


「いや、あの、元素エレメントを人にぶつけたらダメでしょ……」


「ちりちりパーマにするくらいなら実質無害だと思うんだ」


 にこりと笑う実行委員の手には小さな火の玉が浮かんでいた。そういえばこの実行委員は、元素実技がそれなりに優秀だったということを清正は思い出す。清正がいくら元素実技に優れていたとしても、所属元素シィネルガシア以外は他に譲るのが元素使役デスモスというもの。

彼女ならば、宣言通り清正の髪をきれいなちりちりパーマに仕立てあげてくれることだろう。


「はい、手伝います」


「よろしい。新原しんばるくんは明日、馬車馬のように働いてもらうから安心して」


 ぐっ、と親指を立てて言い切る実行委員。そんな彼女に、清正は睦樹が消えた廊下を見て、ざまあみろと笑った。


「で、俺は何をすればいいんだ?」


「そうねえ、ひとまず今、水月さんに配置を決めてもらってるんだけど――」


 その後ぼそりと聞こえた「それくらいしかできないし」という言葉を清正は聞かなかったことにする。


「まあ、必要なものを作るところから始めましょう。清正くん、属性は土よね? 私が火だから……おおい、佐沼さぬま!」


 呼ばれたのはもうひとりの文化祭実行委員である男子。どうやら精霊ファミリアと対話をしていたらしい佐沼祐司ゆうじは、目の前の実行委員の呼び声に一拍遅れて反応した。


「どうした? 小牛田こごた


「鏡作るよ」


「うす」


 びしっ、と清正を親指で指しながら言う実行委員、小牛田灯里あかりに、祐司はふたつ返事で頷いた。乗り気だろうとそうでなかろうと、灯里の指示には即従うのが良いとわかっているようだ。


 鏡の作成か、と清正は腕を組む。となれば応用技術である複合元素コンポジットを行うということだ。


 年に一度の文化祭は、学校行事である以上、教育としての側面を持っている。もちろん、クラスで団結すること、来客者への対応、事前準備などの社会に準ずる経験もそうなのだが、この場合――特に二年生以降は元素使役デスモスの実践が含まれている。元素エレメントは日常生活をするにあたって必要なもので、それを使役する技術がないと必然、生活水準は下がらざるを得ない。もちろん、シフターや既に物質化した既存製品も多くあり、それを利用するのが推奨されるが、経験というものは積んでおいて損はないという教育方針によって、学校でも実践の場が設けられている。


 このクラスの出し物はミラーハウスだ。となれば鏡は必需品、既製品を借りることも可能だが、この文化祭ではクラスの出し物、備品、あらゆる面で、そのクラスの生徒の元素使役デスモスの腕が試される。鏡を生成することもまた、準備の一貫なのだ。


「ここだと危ないから、練習室に移動しよっか」


「うす」


「りょーかい」


 灯里を先頭に教室を出る際、清正はちらと水月を見た。ひとり机に座って図面を引いている。


 逆を言えば、そのような文化祭を前に元素使役デスモスのできない水月は、自然、事務系の雑務をやるほかない。


「――で、複合元素コンポジットなんてできるのかよ、お前ら」


 水月から視線を外し、教室を出、練習室に向かいがてら実行委員二人に清正は尋ねた。


 複合元素コンポジット所属元素シィネルガシアの異なる複数の人間同士で元素使役デスモスを行い、単体の元素では再現できないものを生み出す行為である。今回、灯里が作ると言っていた鏡もまた、一から生成するにはこの技術が必要だ。


 とはいえ、複合元素コンポジット自体は基礎知識のひとつであり、座学は一年のときに終わらせているが、実技は応用扱いとなるためまだ清正たちはやっていない。個人の力量はもちろんだが、いかに息を合わせられるかが鍵となるため、知識以上に実践が難しいとされている技術だ。


「一応、知識はあるけど実践はなし」


「このまま卒業までできないんじゃないかな」


 冗談のように笑う灯里の目は笑っていない。それもそうだろう、こういうものはできる人間ほど先に進みたがる。基礎などつまらないのだ。


「ま、とりあえず文化祭の準備なら、勝手にやっても許されるでしょ」


「それでも先生にひと声掛けといた方がいいんじゃないか?」


 気軽に言う灯里を窘めるように祐司が言うが相手は聞く耳持たずだ。


「だーいじょうだって、佐沼が失敗したところで所詮は水だし、私は失敗しないし」


 自信たっぷりに言う灯里に、祐司も清正も「はあ」としか言えない。実践は初めてだというのに失敗しないと言い切れるその自信はいったいどこから来るのだろうか。しかも、直接的な害が最も大きいのが、灯里の所属元素フィネルガシアなのだが。


「よし、着いた」


 教室から階段を降りて一階の廊下、その一画に並ぶ「練習室」と書かれた教室の群れ。通常の教室と異なり、窓はなく、扉も頑丈にできている。扉の横にはカードを読み込む機械が設置されており、扉の上部には「空き」と書かれた電光板。


 入口のホワイトボードに灯里が使用中の旨を書き、学生証を扉の横の機械に読み込ませる。二年生以上の学生証か、教員証でなければこの扉は開かないようになっている。


「一年のときは入りたくても入れなかったからねー」


 ひらひらと学生証を指で弄びながら室内に入る灯里に、清正と祐司は続く。全員入ったところで、最後の祐司が扉を閉めた。今まで「空き」を示していた電光板が「使用中」に変化する。


「先生に言うまでもなくがっつり監視カメラ作動してんな」


 清正が四隅に設置された監視カメラに気付いた。灯里も祐司もその声に顔を上げる。


「わー、ほんとだ。じゃあなおのこと安心して元素エレメント使えるね」


「人に向けんなよ?」


「向けないよ、ついうっかりちりちりパーマにしたらごめんね」


「向けてんじゃねーか」


「いいからやるよ、ふたりとも」


 軽々しく人の毛髪を痛めつけようとする灯里に警戒しながら、清正は祐司の声に移動する。清正もまた、複合元素コンポジットは初めてで、内心楽しみにしていたことは否めない。


「じゃあとりあえず、鏡を作りましょー」


 灯里の声を合図に三人はそれぞれの精霊ファミリアに声を向けた。



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