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 清正と水月は志波しなみ学園高等部の二年生である。中高一貫式のこの学園に、水月は中等部から、清正は高等部から所属している。成績は赤点ギリギリだが元素学のみは筆記・実技共に校内どころか全国トップクラスを争う清正と、元素学以外の教科はほぼ満点を記録するにも拘わらず元素実技のみはまったくできない水月は対照的で、教師間では比較的早い段階から両者は話題になっていた。


 一方、授業も平気でサボる清正と、一年の段階で生徒会長の推薦までもらっていた水月が、お互いを名前で呼び合う関係というのは、恋バナに花を咲かせる生徒間で物議を醸した。小学校が途中まで同じだったというのにも、この話題を盛り上がらせた。現実は、清正も水月も自身の名字が嫌いで、どちらも名字で呼ばれると不機嫌になるという共通点があったがゆえの呼称だったのだが、それでも関係を疑う人間は少なからずいる。


 実際のところどうなのか、と問われれば、清正は少しだけ悩む。というのも、お互いに名前で呼び合う関係は嫌いではないのだ。そのきっかけが、小学校の頃というのも二人だけの秘密のような感じがして悪くない。今となっては黒歴史だが、小学生の頃は水月のことが好きだと両親に豪語していた過去もあった。


 だが、それでも「悩む」となるのは、やはり時の流れというものは残酷なもので、高等部で久し振りに再会した水月は、清正の知らない水月になっていたのだ。小学生の水月は教室で静かに本を読んでいて、人前で話すのが苦手で、話しかけても小さな声で返してくるような、そんな幼心に守ってやりたいと思うような存在だったのに、高校生になった水月は名字で呼べばじろりと睨まれ、騒がしくしていれば「静かにしろ」と怒り、人前に立っても堂々としているような、そんな立派な成長を遂げていた。その成長を親に告げれば、女の子の成長は早いものよ、と母親に慰められる始末。父親からは、初恋は実らないものだ、と有り難い教訓を頂いた。その後、両親の間に不穏な空気が漂ったので、清正は早々に退散したが。


 とにもかくにも、再会した二人はお互い付かず離れずあくまで同級生という態度を貫いていた。


 一年の頃は、それで問題がなかった。


 状況が変わったのは二年になってからである。


 原因は、水月の元素使役デスモスの素質が皆無だったことだ。


 元素を使役するためには、高等学校からの必修科目である元素学を受ける必要がある。無論、これを受けなくとも所属元素シィネルガシアに関しては個人による使役が可能なのだが、元素学を履修していない者はシフターの携帯が許可されない。そのため生活するにおいてあらゆる場面で不便が生じるため、高校に進学しない者でも元素学のみを学ぶための夜間コースがあるほどだ。


 元素学は筆記と実技の二つに分かれている。どちらも生活に必要なものであるとともに、扱いを誤れば危険なものでもあるため、一年生のうちは徹底して基礎を叩き込まれる。筆記の最低合格ラインが満点というのが、その際たるものだ。


 その基礎実技のうち、基礎の基礎ともいえるものが、元素使役デスモスである。これは所属元素シィネルガシアを使役できるか否かのもので、これができなければ話にならない、というほどのものだ。シフターはあくまでも所属元素シィネルガシア以外の元素を使役するためのものであり、自身の所属元素シィネルガシアは自身で使役するというのが基本であるとともに、それができない人間などいないと言われている。無論、使役の技術に個人差はある。だが、所属元素シィネルガシアとはまさに書いて字の如く、自身が所属する元素のことであり、これを使役できないというのはあり得ない、


 だが、水月はそれができなかった。自身の所属元素シィネルガシアである水を使役することが、まったくできなかったのだ。


 他の教科と違い、元素学の進行は最も遅い者に合わせられる。学年ごとのカリキュラムも存在しない。高校で教えるべきは基礎であり、応用はあくまでも時間が余ったら、という扱いだ。だが、それでも多くの場合、基礎は一年で終わり、二年からは応用に入る。そして、当然ながら、応用の方が楽しい。


 最初は良かった。水月は筆記に関してはいち早く満点を叩き出しており、あとは元素使役デスモスさえできれば良かったのだから、みな早く終わるだろうと思っていた。一年の間にできず、二年に上がっても、まだいけるだろうとみな思っていた。


 雲行きが怪しくなったのは、五月を過ぎたあたりだ。水月が進まない限り、ほかのみんなも進めない。その鬱屈とした空気が学年に漂った。自然、水月に対する風当たりも強くなっていった。


 六月になってもまだできない水月に、業を煮やしたの生徒はひとりではない。先生ですら、水月に対する当たりが厳しくなった。


 清正は、その空気の先鋒であった。


 何せ彼は、五月に行われた全国実技試験で満点を叩き出したのだ。そんな清正に基礎を反復しろと言うのは酷な話でしかない。


 だから清正は水月に、かなり丁寧に使役の方法を教えた。傍から聞いていた他の生徒の評では「擬音が多く、抽象的な表現ばかりで、なにひとつわからない」というほどのひどい教え方ではあったが、清正はそれでも丁寧に教えたつもりであった。




 それでも水月はできなかった。




 夏休み前、一年生の頃から推薦を受けていた生徒会長の座を、水月は辞退した。夏休み期間中も、清正は幾度か水月に呼び出された。アイス一本の代わりに、水月に使役の仕方を教えたが、その頃には清正はもう諦めていた。


 夏休み明け最初の授業でも、水月はやはりみなの落胆を生むだけであった。



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