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「………………」
「………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………腕、下ろしたら?」
水月の声に、清正はなんともいえないぎこちない表情を浮かべたまま、ぎこちない動きで腕を下ろした。もちろん、今の動作もシフターを使用する際には必要ない動作なので、不発に終わった今、清正は恥ずかしさで火が出そうである。
とはいえ、水月の方はそんな清正の様子などまったく気にしていない様子で、さらに落胆を深めただけであった。
それもそうである。
「どうしよう」
水月の細い声に、ぱたぱたと手で顔を仰いでいた清正は振り返る。既に空は夜の色だ。これより遅くなれば、廊下など真っ暗になるに違いない。だが、
「あまり気落ちすんなって、いくらなんでも学校自体に明かり付ける設備くらいあんだろ」
「校舎自体にはないわよ。毎朝担任の先生が朝のホームルーム時に明かりの
「あー……」
校舎自体の設備として明かりが付いていればなんとかなると思った清正も、水月に指摘されて口を閉じる。つまりは、明かりを点けるにはシフターを使用する必要があるが――そもそも明かりの
「……どうしよう」
思わず清正もそうぼやいてしまう。
このままでは本格的に夜を迎えてしまう。かといってこの屋上から降りれば、またあの謎の女の手に追われるのは明瞭。
そこでふと清正は思った。
そもそもあの謎の女の手は、日中でも活動するのだろうか。
「なあ、水月さん」
「何? いきなり気持ち悪いんだけど」
さん付けで呼んだ途端に気持ち悪いと言われたが、事実、清正自身も自分が今考えていることがいろいろと不健全であることは承知の上である。
「いっそのこと、このままひと晩泊まりませんか?」
「はあ?」
「いや、あの、やましいことはないぞ? ないからな? 単純な話、今日はもう誰もいないから手詰まりだけど、明日誰か来てくれたら何か打開策ができるかもしれないだろ? 暗い中、下手に動き回るよりはマシだと思うし」
「それは、まあ」
一理ある、と水月は頷いた。もとより、池に落ちただけでなく、濡れた状態で走り回ったのは水月も同様で、清正の提案に僅かでも心が揺らいでしまうと、そのまま一気に疲労が押し寄せる。はあ、と息をついて水月もまた清正の隣に腰を下ろした。
「シフターが使えないから家に連絡できないのが心配だけど」
「たまには不良もいいもんだぜ?」
「貴方の家と一緒にしないで」
じろり、と水月に睨まれ、清正はどこ吹く風と視線を逸らす。暗くて良かったと、清正は思った。あまり意識はしていなかったが、水月もまたびしょ濡れということは――おそらく透けているはずだ。
「暖かくて助かったわ、これがもう少し寒かったら地獄よ」
「水を吸った冬服着て走るのは御免だわ」
いつもなら残暑の厳しさに不平を漏らすところだが、今回ばかりはその残暑に救われたというところだろう。
「というわけで、私は寝るから」
「はいはい、勝手にどうぞ」
「何言ってるの、枕」
「は?」
「このまま寝たら痛いでしょうが」
「それは俺も同じ条件なんだが?」
さっさと腕を貸せと言わんばかりの水月の横暴に清正は抵抗するが、結局は押し負けて水月に腕枕を提供する。これは俺は眠れるのだろうか、と人間の頭の重さを再確認しながら、清正は諦めて空を見上げた。最早、赤色はどこにもない。一面黒く、星が瞬いている。
ちらと、視界に入った扉が、いつか開くのではないかと一抹の不安がよぎったが、清正はそれを振り払う。
きっと、屋上は安全だ。
そう自身に言い聞かせ、眠れるかは別として、目を閉じることにした。
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