第三話 あの日の魔法に、すがりつく

 「早苗、最近優衣ちゃんと遊ばないのね」

 リビングのテレビから声の方へと目を移すと、母親がスーパーの袋から食材を取り出していた。手に持っていた携帯の電源ボタンを押して、優衣とのメッセージ画面を暗くする。

「小学生の頃は二人で魔法少女ごっことかしてたのに。早苗その頃、いつか魔法少女になりたいって言ってたよね、可愛かったなぁ」

 ケラケラと笑う母親の声をかき消すように、リビングのテレビをつける。夕方のニュースはちょうど昨日バスに怪人が現れた事件を取り上げていて、気持ちの整理がつかずにチャンネルを変えた。再放送のワイドショーから母親よりも大げさな笑い声が聞こえてきて、気持ちが余計に空しくなった。

「優衣、最近忙しくてさ」

 呟きながらリビングを出て自分の部屋に入る。ベッドに倒れ込んで思い出すのは、小学生の頃の記憶だった。

 あの頃確かに私と優衣は二人ともテレビアニメで見た魔法少女に憧れていた。そしてどちらかというとその憧れを将来の夢にまでしていた私が、彼女に「魔法少女ごっこ」という新しい遊びを提案したのだった。カラフルなビニール袋を使ってひらひらとした衣装や二人お揃いの腕輪も作った。背中合わせでポーズをとりながら、この先何があっても離れることのないような、無条件の絆に憧れた。

 授業が終わったらそのまま私の家にきて一緒に魔法少女のアニメを見ようと彼女を誘ったある日、小学校からの帰り道で突然怪人が現れ、私は全治二ヶ月の怪我をした。

「ごめんね早苗ちゃん……、私のせいでこんなことに……」

 母親の買い出しと入れ違いで病室に入ってきた優衣は泣きながら何度もそう繰り返して、その度に私は病室の天井を見上げたまま頷くような瞬きを繰り返していた。病室がノックされて医師が入ってくると、私に柔らかな声で質問をし始めた。

「何か覚えてることはある? どうして怪我をしたのかとか……」

 全部覚えていた。通学路を歩いていたときに遠くで悲鳴と大きな唸り声が聞こえたこと。その声が段々と近付いてきたときには目の前に化け物のような姿をした何かが現れていたこと。隣で泣き出した優衣をかばうように手を広げて前に出た結果、私が襲われたこと。そして意識が朦朧とする私の前で、優衣の衣服や髪型が変わり、「変身」以外では表現できない何かが起きたこと。

「……覚えて、ない」

 無理して出した声で喉が痛んだ。その日、私は初めて彼女の前で嘘を吐いた。医師はそうかと言ってから私を撫でて、看護師と何かを話しながら病室を出て行く。通学路での一部始終を頭の中で何度も思い返しながら、気が抜けたのか睡魔に襲われた。目を閉じて意識がどこかへ行く間際、私は彼女の言葉を聞いたのだった。

「……ごめんね。私がこの前、早苗ちゃんが私とずっと一緒にいてくれますようになんて『魔法』をかけたから」

 ぱっと目を開けたとき、見えていた風景が病室から自室に変わり、小学生の頃の思い出を夢に見ていたことに気が付いた。机を見ると、ビニール袋で作った優衣とお揃いの腕輪が目に入る。体を起こして腕輪を手に取ると、開いていた窓から入ってきた弱い風で髪が揺れた。

――最近優衣ちゃんと遊ばないのね

 片想いのように一方的な感情を知られるのが嫌で、「私は遊びたいんだけどね」とは言えなかった。優衣の周りにいる四人の「仲間」に自分が入っていない事実を受け止めたつもりだったのに、思い出したように胸が痛み始める。幼馴染であり一番の親友であるのは私だと、この先も傍にいるのは私だけだと、そんな勘違いをしていたのだ。

――私がこの前、早苗ちゃんが私とずっと一緒にいてくれますようになんて『魔法』をかけたから

 今ではあの幼い彼女が呟いた魔法の存在だけが、私の支えだった。その魔法の存在がある限り、私は彼女から離れないでいられる。そうやって、私は魔法にすがっていたのだった――かかってもいない、その魔法に。

「……迷惑かな。もう優衣は、私なんていらないのかな」

 手にする腕輪を胸に引き寄せて呟いた言葉は、誰にも届かずに消えた。

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