第四話 沈んだ心を、引き上げるのは
前日の夢のせいか、月曜日から通学路を歩く私は少し心が沈んでいる。幼い頃の優衣との日々を大切にはしながらもあまり思い出さないようにしていたからこそ、不意打ちで見たその夢に気持ちは滅入っていた。
「さなー、元気ないねー?」
はっと我に返るといつの間にか隣に来ていたクラスメイトの美紀に、屈託のない笑顔と言葉を向けられた。ぎゃははと笑いながら肩を叩かれ、「そうだ」と思いついたように顔を覗き込まれた。プールに一緒に向かってから、彼女は以前よりずっと私に話しかけてくれるようになった。
「今日うちらと遊びに行こーよ! ね、いいでしょ?」
もう一度自分の元気のない歩幅を見つめてから、顔を上げた。
教室に入るとすぐに優衣と目が合って、更に夢を思い出してしまって目を逸らした。それに気付いてなのかは分からないが、優衣はすぐに私の元へやってきた。がたん、と空いていた私の前の席を陣取ると、その拍子で左腕の腕輪も弾む。
「早苗、今日の放課後空いてたら……」
「ごめん、今日は美紀たちと遊ぶ約束してて」
ちくり、と痛んだ胸を忘れるために私は彼女の言葉を最後まで聞かずに目も合わさないで声を出した。いつになく早口だった私に驚いたのか、少しの沈黙が入る。耐えきれずに彼女を見ると、いつもの悲しそうな笑顔ではない、少し幸せそうな笑顔で「わかった」と笑った。どうしてそんな顔をするの、という苛立ちが湧き上がってすぐ、答えは出た。優衣はきっと、今日は私から解放されたとほっとしているんだろう。
放課後に美紀たちと見る景色は何だか新鮮で、今までとは違う感覚を覚えた。おそらくそれは「対等」という意識が原因であるということを、私もどこかで理解していた。
「さなー、次カラオケねー!」
美紀を筆頭にガヤガヤと騒ぎながら繁華街を歩く。すれ違う男子学生たちの目線を感じると、魔法がない自分の自己肯定感が少しだけ高まっていく。背筋を伸ばして大きく歩みを進め家電量販店の前を通ったとき、アナウンサーの声が聞こえてきた。
「先日起きた怪人によるバスジャック事件。魔法少女の戦闘後、人質となっていた乗客二十名は無事救出されました。バスの運転手は……」
大きなモニターの前で立ち止まった私は、小さなため息を吐く。こうして大きな街を歩くと嫌でも耳に入ってくるニュースで、感じていた自己肯定感と同時に私の生きる世界は「こっち側」なのだといつも再認識させられる。幼少期に憧れたのとは違う、魔法も何もない、持っている力でしか生きていけない世界。
「あー魔法少女ね。ほんと同じ世界にいるとは思えないよねー」
またいつの間にか隣に来ていた美紀はそう言ってから、目を合わせるとぎゃははと笑いながら私の肩を叩いた。
足を進めて友達の輪に追いつくと、「おそーい」と楽しそうに文句を言われた。モデルのようにその細い体たちの隙間から、店先に飾られたキーホルダーが見える。散っていく花をモチーフにしたそれは黒と白のものが並んでいて、優衣とお揃いでと思って、すぐに今日の笑顔とあの日のミサンガを思い出してその考えを否定した。笑い声と一緒に流されるように、その場を後にする。
美紀たちと遊んで一日を過ごして、次の日朝のホームルームに優衣の姿はなかった。担任の声を聴きながら授業の準備をと机の中に手を入れると、ガサリと手に何かが当たる。机を覗き込みながらそれを取り出すと、茶色い紙袋に何かが包まれていた。袋を開けると昨日私がお店で見たキーホルダーが入っていた。ルーズリーフの切れ端が一緒に飛び出る。
「絶対早苗に似合うと思って。 優衣」
慌てて優衣の席を見るが、やはりそこに優衣の姿はなかった。窓から入ってきた風に私の髪が少しだけなびく。リングになった部分を指にひっかけて、きゅっと右手で握った。
「……お揃いが良かったんだよ、優衣」
――……迷惑かな。もう優衣は、私なんていらないのかな
昨日のもやもやは完全になくなったわけではないけれど、私のことを想ってくれた優衣を想像すると、沈んでいた心が少し軽くなった気がした。
「あれ? さな、なんか嬉しそうだねー」
ホームルームから解放された美紀は、がたん、と空いていた私の前の席を陣取ると、いつものようにぎゃははと笑った。
「なんかいいことあったの?」
私はキーホルダーを握った右手をそのままスカートのポケットに入れて、口を開いた。
「……別に」
言葉とは正反対に、口元はどんどん緩んでいく。嬉しい気持ちと私だけが知る彼女の秘密を大切にしまうように、ポケットの中のキーホルダーをぎゅっと握った。
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