第二話 夏に溶け出す、やるせなさ
「早苗、明日のプールの授業皆で一緒に行こうよ」
本格的な夏より少し前に始まった、土曜日のプールの授業。授業では校外にあるプール施設に行くため、そんな誘い合いが教室でもよく見受けられた。目の前に優衣がいながら自分にかけられたその声に、一瞬戸惑う。
「早苗と一緒にいると楽しいしさぁ。いいでしょ?」
優衣が度々教室にいない間にできた友だちは派手なメンバーが多く、暗黙のうちに強制される「グループ行動」もかなり多かった。声をかけられてから一瞬戸惑いつつも、すぐに笑って返答する。
「ごめん、私優衣と一緒に行く約束してて」
目の前にいる優衣が驚いたように目を見開くのを感じながら、「じゃあいいや」と手を振る友だちを目で追う。友だちから目をそらして彼女を見ると案の定驚いたような戸惑ったような顔をしていて、一度もしていないはずの約束の存在を必死に思い出そうと考え込んでいるようだった。
「……嫌だったかな?」
私がそう言うと彼女はぱっと顔を上げて、そんなことないといつものように悲しそうに笑ってお礼を言った。時間や場所を話しながら、私はその彼女の悲しそうな笑顔とは反対に、自分の中で彼女を独占した嬉しさが込み上げていた。クラス単位で行うプールの授業なら、待ち合わせ場所にあの四人が現れることもない。そんな安心感と優越感に浸っていたのだった。
次の日待ち合わせ場所に二十分も早く到着した私は、日傘で作られた日陰の中で携帯を開いた。天気予報で見る気温はそれほど高くはないのに、歩くとじんわりと汗ばむ。一つ小さなため息を吐くと携帯が鳴った。届いた新着ニュースに目をやる。
「乗客二十名余りを乗せたバスに怪人が出現。死傷者多数との情報」
吐いたばかりの息を小さく飲み込んだとき、同じ画面の上部にメッセージ受信の表示が出る。
「ごめん早苗、今日一緒に行けない」
いつもスタンプと一緒にメッセージをくれる彼女から、今日はその無機質な文章だけが届く。何が起きたのかを悟るには、その違和感だけで充分だった。
「……そっか」
弱々しく呟いた自分の声が思っていた以上に弱々しくて、私は一人で小さく笑う。もう一度携帯をしっかりと持ち直して、じんわりと汗をまとった指で画面をなぞる。
「了解! 風邪かな、お大事に」
携帯を鞄にしまい、彼女がくるはずだった方向に背中を向けて少し歩きながら、意味もなく日傘をくるくると回す。きっと今も彼女は何かと闘っているのだろう。そう思うと、何も言えない。
「……仕方がないよ」
一人で小さく呟くと、道路を挟んだ反対側に約束を断った友だちが見えた。友だちも気付いたようで、遠くから大きく手を振る。
「早苗、また置いてかれたのー? うちらと一緒に行こーよ!」
また、という言葉で足は止まり、気付くとくるくると回していた日傘も止まっていた。同時に、少しだけ胸が痛む。それをどうにか和らげようと、小さく息を吸い込んだ。
「うんー!」
小走りで友だちのもとへ向かう最中、胸の痛みは段々となくなっていった。さっきまで感じていた体の熱さは、もうなかった。
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