第45話


 雑居ビルから出て、見つけたカフェチェーン店に俺たち尾行三人組はいた。


「意外でもないような気がするけど」


 鳥越がカフェラテをふぅふぅと吹いて、ちびりと口をつける。


「そうか?」

「しーちゃんの言いたいことは、なんとなくわかるわよ」


 篠原もそれには同意見だったらしい。


「聖女にだって、あんなレベルの子いないし」

「そうか?」


 俺、さっきからそうか? としか言ってねえ。


 鳥越も篠原も、芸能系の道に伏見が進もうとしていることに、不思議はないようだった。


 大学に一緒に行くっていう約束と、それは矛盾しない気がするけど、なぜか少しだけモヤっとしたのが率直な感想だった。


 そりゃ、進路だって考える。高二なんだから。

 やりたいことがあるやつは、それに邁進すればいいし、やりたいことが思い浮かばないやつは、とりあえず大学に進学すればいい。


「……」


 ちらりと鳥越が俺に目線を送ってきた。


「さっきから、口数少ないね」

「そうか?」

「タカリョー、もしかしてヘコんでるの? 僕だけのヒナちゃんガー!? って」


 茶化すようにくすっと篠原は笑うけど、今はそれに付き合う余力は俺に残されていなかった。


「そんなふうには思ってねえよ」

「あなたは見慣れているから、そんなふうには思わないかもしれないけれど、伏見さんは、県ナンバーワンって言っても過言ではないくらいの美少女よ?」


「何だよ、改まって」


 そんなこと、わかってる。


「そんな女の子が、何かを演じたいって思っても不思議じゃないでしょう」

「そう、だな」


 俺の返事の歯切れは悪い。


 何だろうな、この気持ち。

 ずっと遠ざけていた宿題を目の前に出された、みたいな。


 俺だって、何かになりたかった。……そう、『何か』に。

 でもその『何か』ってやつは、あの日のまま何かのままで、それがどんな大きさなのか、どんな形なのか、どんな色なのかも、まだ不透明でいる。


 ずっとそばで見ていた伏見は、俺がまったく見えない『何か』を、すでに自分の中に持っている。


 だからかもしれない。

 勉強でもなく、スポーツでもなく、容姿でもなく、誰でも平等に持てるはずのものをすでに持っているから、少し驚いてしまったんだと思う。


「……伏見は、別に俺のものじゃないし、何しても、いいんじゃない?」


 じいーと二人が見つめてくる。


「聞いた、しーちゃん。『俺のものじゃない』ですって」

「い、いいから、そういうの」


 篠原が足で鳥越を突くと、お返しに鳥越が小突き返した。


 まだブラックでは飲めないコーヒーを、ひと口だけすする。

 舌触りは滑らかで、ほんのり甘い。


 伏見は、もうブラックで飲めるんだろうか。


 昔の伏見のことは知ってても、今の伏見のことを、俺はほとんど知らないんだな。


「もちろん、今日のことは内緒よ? 伏見さんが切り出すまで、誰もこのことは口にしない」

「わかってるよ」


 伏見は覚悟ができるまで待ってほしいって言っていた。裏を返せば、その気になればいつでも言えるってことだ。


「あ、私、お昼から予定あるから、ここで解散ね」


 そう言って篠原は立ち上がると、まだ持っていたあんぱんをひとつずつ俺たちに配った。


 結局食べずじまいだったな。


 店を出ていった篠原をガラス越しに見送った。


「何になりたいんだろうね、伏見さん。やっぱり女優さんかな」

「そうなんじゃねえの」

「ふふ。ヤキモチ焼いてる?」

「焼いてねえから。てか、誰にだよ」


「さあ」


 口元だけで鳥越が微笑む。


 なんというか、見透かされているようで、居心地が悪かった。


「じゃなかったら嫉妬とか」

「この話、ここでストップな」


 わかった、と鳥越はさっきより笑顔を大きくして言った。


 からから、ともう少しでなくなりそうなコーヒーを、スプーンでかき混ぜる。


「……みーちゃんめ……」


 ん? と目で尋ねると、鳥越は首をゆるく振った。


「このあと、どうする? まだ一一時だけど」

「高森くん、帰らないの?」

「あぁ……そっちがその気ならそうしようかな」


「え――。行きたい場所があるって言ったら、ついてきてくれるの?」

「あれば付き合うけど。せっかくこっちまで出てきたことだし」

「じゃ、ちょっと待って」


 慌てて携帯で何かを検索しはじめた。


「ここ、とか――どうですか」

「何で敬語なんだよ」


 差し出した携帯の画面に表示されていたのは、この近くにある大型書店の地図だった。


「ああ、うん。いいよ」

「ここなら、色んな本があるし、漫画の品揃えもこの地域では最強……」


 品揃え最強の言葉に惹かれて、俺はその書店に行くことを了承した。


「ほんとにおっきいから、気をつけて」

「何にだよ」

「迷子とか」

「俺は子供か」

「いや、そうじゃなくて、私が……」

「そっち?」


 思わず笑ってしまった。


「方向音痴だから……見慣れた場所でも、どこに今いて、どこにむかって歩いているのかわからなくなる」


 しっかりしてそうなのに、意外だな。


「だから、連れて行ってください……」

「ああ、それで地図」


 合点がいった。


 改めて携帯の地図を見て、どこをどう行けばいいのか確認する。

 幸い、歩いて五分少々で行ける距離だったので、それほど迷う心配はなさそうだ。


「好きな作家の新作が出たみたいだから、ちょっと気になって」


 店を出ると、雨がぽつりと落ちてきた。

 いつの間にか空は鈍色で、この雨も強くなりそうな気配だった。


 見つけたコンビニに入り、割り勘で傘を買う。


「いいの? 私が入っても」

「割り勘だから鳥越にも使う権利あるだろ」

「……そう、だね。ありがと……」


 小声でお礼を言うと、控えめに中に入ってきた。


 強くなりはじめた雨の中、その書店へ迷わず辿り着いた。


 軒先で傘の雨粒を払っていると、不満げに鳥越は首をかしげていた。


「……案外近いんだね」

「うん。よかった。雨も降ってきたし」

「……もうちょっと遠くでもよかったんだけど」

「濡れるだろ」


 俺が言ったときには、もう鳥越は背をむけて店内に入ったところだった。



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よかったら読んでみてください!

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