第44話
昼休憩。物理室で俺は鳥越に昨日疑問に思ったことを訊いてみた。
「伏見が一人のとき、何してるか知ってる?」
「知らない。一人の時間は誰にでもあるし、何しててもよくない?」
まあ、そりゃそうなんだけど。
茉菜が作ってくれた弁当の卵焼きをひとつ口に放り込んで、考える間を作る。
鳥越も知らない。というか、興味なさそう。
心の準備が要ることってなんなんだ?
あの様子からして、言えるけどちょっと言いにくいって雰囲気だったな。
「変なことしてたりして」
「そんなわけねえだろ」
思わず鳥越のほうを見てしまった。
「冗談だから。マジにならないで」
冷静な声が返ってきて、バツが悪くなって俺は口を閉じる。
「女子は色々あるからね。男子みたいに能天気じゃないし」
「色々って?」
「自分磨きとか?」
意識高そうな、鳥越のイメージにない単語に少し笑いそうになった。
「伏見さんは、影で努力する派の人だと思うから、意外とありそう」
「そうなのか?」
「テスト前に、全然勉強してない、やばーいとか言って、きちんとやってるタイプっていうか」
「あぁ……」
その光景は何度か教室で見たことがある。
「自分磨き、ねえ……。訊いたんだ、何してるか。心の準備が要るから待ってほしいって言われて」
「心の準備?」
鳥越も首をかしげた。
昨日のうちに、茉菜に同じ質問をしたら、
『にーに、何? 意外と束縛系? やめたほうがいいよー? あの子のことは俺は何でも知っておきたい、とか思うのは』
って、自重を促された。
篠原は、俺に対しても仮面をつけているんじゃないかって言っていたけど、実際のところ、それはわからない。
いきなり『幼馴染』の仮面をつけはじめた可能性はゼロじゃない。
「じゃあさ。追いかけてみる?」
日曜日。提案を採用した俺は、鳥越と篠原の三人で駅前に集合した。
「ちょっとワクワクするわね」
すでに刑事気分の篠原は、あんぱんを人数分買ってきていた。
やる気満々じゃねえか。
「昨日は何してたの?」と、鳥越。
「昨日は、うちで茉菜と伏見の三人でゲームしたり、漫画読んだり、適当に」
「ザ・幼馴染って感じするわね」
「うん、だね」
それは今日でもよかったけど、日曜日は予定があるから、と言ったのだ。
鳥越や篠原に訊いても、遊ぶ約束はしてないから、何かあるのでは、と今日こうして集まることになったのだ。
伏見家のそばまで行くと、ちょうど家を出たところを見かけた。
物陰に隠れて、こそこそとあとを追いかける。
「どこ行くんだ?」
俺の疑問に答える人はおらず、黙ったままこっそりついていくと、電車に乗った。
目的地は、繁華街の浜谷駅。いつぞや二人で出かけた場所だ。
「ちょ、ちょっと私――『ピ』じゃなくて切符で――乗り越し精算しないと――」
改札前で財布を探したり切符を探したり、わちゃわちゃ慌てる篠原。
「先行ってるわ。見失うし」
「ちょっと――待って」
篠原は置いていくことにした。じゃあな。
鳥越は後ろ髪引かれたようだけど、好奇心が勝ったらしく、俺についてきた。
「妹ちゃんが言ってた通り、服のセンス、ちょっとアレだね……。伏見さん、あの格好で浜谷周辺を闊歩するなんて大丈夫なのかな。JKとして」
あちゃー、と口にしたそうな鳥越だった。
「あ。あれは伏見さんなりの、みんなを和ますための小ボケ……? 出オチ……?」
「ギャグじゃないもんって言って涙目になるからやめてやれ」
大通りを路地に入り進んでいくと、雑居ビルに入った。
「どうしよう、本当に『変なこと』してたら」
「やめろよ。俺も今同じこと思ったんだから」
ビル自体は大きく、テナントが色々と入っているようだった。
三階と四階が華道や茶道など、色々なカルチャースクールがあるらしい。
ビルのテナント一覧を見て、ほっと俺は(たぶん鳥越も)胸を撫で下ろした。
伏見が乗った古いエレベーターは、4の表示で止まっている。
案内には、四階では書道教室やそろばん教室、その他会議室があるようだ。
あんぱん配達員に場所を教えて、俺たちもエレベーターでむかい、四階で降りる。
しん、としている中、かすかに声が聞こえる。書道教室の先生やそろばん教室の先生の声らしく、教室が近づくとはっきりと耳に届いた。
ガチャ、とまた別の部屋から人が出てきた。かなり若い……というか俺より年下っぽい男の子だった。
トイレにむかったらしい。あの子は何の教室なんだろう。
「高森くん、あれ。さっきあそこから」
鳥越が指さした先に、「浜谷アクターズスクール」とあった。
「ふうん。アクターズね、アクターズ……」
「みたい。伏見さんもここかな」
「なあ……アクターズって何? どゆ意味」
俺が訊くと、鳥越も小難しい顔をする。
「携帯で調べなよ。そこにすべてが書いてある」
わかんねえんならカッコつけんなよ。
トイレ帰りの男の子が、怪訝そうに俺たちに目をやって通り過ぎる。
扉を開けたとき、ほんの一瞬、それらしき背中が見えた。ダサT着てこの繁華街に来てるやつは、伏見以外にいないだろう。
「伏見さん、アクターズのスクールに通ってるんだね」
私意味知ってます、みたいな顔をしながら鳥越が言う。
「アクターズなら、別にやましくないのにな」
「だね」
そのアクターズが何なのかわからない俺たちの会話は、非常にふわっとしていた。
「追いついた」とあんぱん配達員が息を切らせながら到着した。
「ここに伏見さんがいるの?」
「「みたい」」
そうなんだ、と篠原配達員がこぼす。
「たしかに、これは言いにくいかもしれないわね。冷やかされると嫌だし、そうでなくても、変な目で見られるかもしれないし」
「「あー、わかる」」
背伸びをして、中を覗き見ようとする篠原。
「てことは……事務所とかに所属したりしてるのかしら……」
「「事務所」」
「これが女子連中の間で知られると、変なやっかみとか、なくもないだろうから、そりゃ言いにくいわよね」
「「たしかに」」
「女優さんとか声優さんになりたいのかしら」
「「え」」
「そういうことでしょ、アクターズって」
部屋の中から、発声練習が聞こえてきた。
※作者からのお知らせ※
新作「錬金術師の山暮らしスローライフ ~死のうと思って魔境に来たのに気づいたら快適にしてた~」を連載しています!
こっちとは違って物作りスローライフファンタジーです。
気になったらこちらも読んでやってください<m(__)m>
リンク↓↓↓
https://kakuyomu.jp/works/16818093089459482667
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます