第37話
ずっしりと重いスーパーのレジ袋の中には、ウーロン茶、オレンジジュース、コーラの三種類のペットボトルが入っていた。
四月の終わりだっていうのに、日差しは夏のそれに近く、紫外線が肌に刺さっているかのようだった。
バスケットを手にした伏見が、楽しそうに前を歩く。その背中に話しかけた。
「ここらへんでいいだろー」
「もうちょっといい場所がありそうだから」
俺たちは、一面芝生の緑地公園へとやってきていた。
「早く、早く」
そう楽しそうに急かす伏見。
幼稚園からずっと一緒のこの幼馴染は、桁違いの美少女だった。
ちょとしたことで中学入ってから高一まで距離感があったけど、とあることをきっかけに、本格的に幼馴染らしいことをはじめたようだ。
ファッションセンスがちょっとアレだけど、今日はまともに見える。
花見がしたいなどと桜が散ったあとに伏見が言い出したので、仕方なくピクニックということでここへやってきたのだ。
周囲にはレジャーシートを敷いている家族連れや大学生らしき人たちのグループが、それぞれの木陰で楽しそうにワイワイやっている。
「ねえ、姫奈ちゃんどこまで行く気なの?」
うんざりしたような顔で妹の茉菜が俺に尋ねた。
「俺に訊かれても」
茉菜の手にも昼飯が詰まっているランチボックスがあった。
ギャルど真ん中のこの妹は、見た目に反して家庭的で、料理も上手いのである。
「伏見さん、楽しそう」
レジャーシートを胸に抱いた鳥越が言う。
普段は物静かな同じクラスの図書委員。一年のころは物理室で昼飯を食べるだけの間柄だったけど、何がどうしてそうなったのか、俺のことを好きだと告白してくれた子だ。
「姫奈ちゃーん? ちょっとー」
と、茉菜が伏見を駆け足で追いかける。
俺と鳥越はそれを見送った。
「初対面の妹、あんな感じだけど大丈夫?」
「うん。嫌いじゃない」
嫌いじゃないのか。意外だな。
茉菜と鳥越は水と油のように見えるけど、問題ないらしい。
このピクニックは、当初の予定では伏見と二人きりだったけど、鳥越も誘おうとなり、ちょうどそれを聞いていた茉菜も行きたいと言い出して、今に至る。
「りょーくーん! 鳥越さーん! こっちこっち!」
はしゃいだような大声を上げた伏見が手を振った。
「行きますか」
「行きましょうか」
大木の木陰にいる二人のところへ、俺と鳥越は歩く。
「……今日は誘ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
俺と仲がいい人同士が仲よくなると、できることが増えるみたいだ。
そういうのは、ちょっと楽しいかもしれない。
本当は、来てくれるとは思わなかった。
「伏見は鳥越と仲よくしたいみたいだし、俺もそうなったらいいなって思うから」
告白をされて、はっきりと断ったわけじゃないけど、鳥越はそれを察している様子があった。それでいうと、伏見は恋敵のようなポジションだ。
そんな二人と一緒に遊ぶなんて、本当は嫌なんじゃないかと思っていた。
「プリンセスも心を許せる侍女がほしいのかな」
「侍女なんて思ってないだろうけどな」
伏見は茉菜と昔から仲がいいけど、同級生じゃないから、できる話に限りがある。
その点、鳥越なら色んな話ができそうだった。
「高森くんのことも伏見さんのことも好きだから、わたしは、今日、楽しいよ」
「は、恥ずかしいセリフ言うなよ」
「ちょっと……照れないでよ。私は照れずに言ったのに」
お互い顔をそらして、くすりと笑った。
「姫奈ちゃん、なんかにーに、鳥ちゃんとイイ感じじゃない?」
「ぜ、全然イイ感じじゃないし。わたしとのほうが、イイ感じだし」
「ぷぷぷ、やきもち焼いてる」
「焼いてないから」
じゃれている二人の下にやってきて、レジャーシートを広げて、ようやく腰を落ち着けた。
「にーに、コーラ」
「飯の前にコーラかよ」
いいじゃん、早くー、と茉菜が急かすので、紙コップにコーラを注いで渡してあげる。
それをぐいっと煽った。
「いい飲みっぷり」
「んま。コーラうま。HPの最大値が伸びるわぁ……」
気持ちはわかるけど、そんな効果はねえぞ。
ドリンクサーバーと化した俺は、みんなの要望を聞いて、コップに飲み物を入れていく。
伏見と茉菜は作ってきた弁当をそれぞれ広げた。
茉菜のは、ザ・ピクニックの弁当って感じの内容。おにぎり、唐揚げ、ウインナー、
卵焼き、葉野菜のサラダにポテトサラダ。
朝から作ってたもんなぁ。母性溢れるうちの妹だった。ギャルだけど。
「妹ちゃんのお弁当、オーソドックスだけど、それがいい」
「でっしょー? 鳥ちゃんわかってんねー」
うんうん、と満足そうに茉菜がうなずき、伏見の弁当をちらっと見た。
一面茶色のカボチャ畑だった。
「……姫奈ちゃん、これは……ツッコミ待ちってことでいいのかな」
「え、なんで? 自分で言うのもあれだけど、美味しいよ?」
「いや、上手い下手はこの際いいんだけど……」
伏見、またやりやがった……。お裾分け弁当。
「で、にーにの好きなやつだし。計算したあざとい天然? それともただの天然?」
茉菜がパニクっていた。
「こ、これしか上手く作れないんだから、いいでしょ……。せっかくのピクニックに、生ごみ持っていくわけにはいかないし」
「生ごみ」
「生ごみ」
「生ごみ」
俺の発言を皮切りに、輪唱みたいに二人があとに続いた。
警戒する猫みたいに、茉菜がつんつん、とカボチャを触って、恐る恐るひと口食べる。
「……美味しい。でもなんか複雑な気分」
俺も一回その気分を味わったから、茉菜の言いたいことはよくわかる。
「にーにのことを考えると、カボチャが止まらなかった、と」
「伏見さんって、病んでるの?」
ズバーン、と鳥越がド直球に尋ねた。
そういうのは、もうちょっとオブラートに包んでだな……。
キャハハ、と茉菜がウケていた。
「にーに、ヤバいって。鳥ちゃんとイチャついたら刺されるよ」
「刺さないよ」
「イチャついてねえから」
俺も一応フォローを入れておく。
もしかしたらこうなるんじゃないかと思って、伏見には弁当は作らなくていいって言ったんだけど、茉菜に対抗心を燃やして、『じゃあ、わたしも!』と譲らなかったのだ。
予想通りのカボチャ畑で、やっぱりみんなにイジられた。
割り箸と皿が手元に回り、みんな各々、弁当を突きはじめる。
「妹ちゃんのおにぎり、ちっちゃくて可愛い」
「そ、そう? あたし、手が小さいから、それで」
意外な褒められ方だったのか、茉菜が照れていた。そんなこと、気にしたことなかったな。
伏見も、ワクワク顔で感想待ちをしていた。
カボチャはこの前も食ったしな……。
と思いつつも、作ってくれたこと自体はありがたいので、ひとつ食べる。
「うん。イケる」
「よかった」
ぱぁぁぁ、と春の日差しみたいな笑顔をした。
「もっと、どうぞどうぞ」
ずいずい、と弁当を俺のほうへ進めてきた。
「カボチャの煮物が美味しくできるんなら、他の煮物系もできてもよさそうなんだけどね」
茉菜が首をかしげる。
「昔から、本当にこれだけで、他のは失敗しちゃって」
困ったように笑う伏見に、ひとつ食べた鳥越が言った。
「このカボチャ、定年を迎えたおばあちゃんが作りそうな味」
「ぶふっ」
茉菜が口に含んだコーラを吹きそうになった。
具体的な例えを出すんじゃねえ。想像できちまったじゃねえか。
「ば……ババくさいってこと!?」
ガガーンと伏見がショックを受けていた。
「あの、そういうわけじゃなくて……ていうか、まあ、そうなんだけど」
鳥越のコメント、容赦ねえな。
俺の好物だから上手に作れるのかどうかは不明だ。たまたまそれが俺の好物だったってだけかもしれないし。
でも、違うものを好物だと言えば、それは上手くできるようになるのか?
実験として、今度別の物が好きだって言ってみよう。
そんな感じで、楽しく弁当を食べた。カボチャは九割俺が食った。
「姫奈ちゃん、これしよー」
茉菜が持って来ていたバドミントンのラケットとシャトルを取り出す。
「いいね。やろー!」
立ち上がった二人が、ラリーをはじめた。
「茉菜ちゃんってさ、何でギャルになったの?」
「可愛いと思ったからだ、よ――っと」
「諒くんの影響だったりして! ね!」
「そういう自分だって――やってたで、しょ!」
「あ、あれは違うやつだから。夏休み中にデビューしちゃった感じのアレだから」
「あははは。そっちのほうがダサイよ、姫奈ちゃん」
「んむうう」
さすがの仲のよさだった。お互い運動神経がいいせいか、シャトルを打つと、シュガッとか、バスンッっていい音が鳴っている。
ふと見ると、鳥越が携帯を片手に何かしている。
「ゲームか何か?」
「ううん。ちょっとしたメッセージ。…………高森くん、篠原美南(しのはらみなみ)って、知ってる?」
「え? 篠原? ……ああ、うん」
と俺は曖昧に返事をした。
同じ中学の女子だから知っている。知っているっていうか……。
てか、何で急に篠原のことを?
「私、小学校が一緒で、高校受験のときに塾で一緒になって。それから連絡取るようになったんだけど、高森くんたちと中学一緒なんでしょ?」
「ああ、うん」
篠原美南。
知ってるも何も……。
告白をされてオッケーをした間柄だ。
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