第38話
俺と篠原のアレが世間一般で言う『付き合う』って枠に入るのかはわからないけど、そういう関係ではあったのはたしかだ。
「それで……」
何か鳥越が言おうとすると、伏見が声を上げた。
「二人もやろーよ!」
「にーにと鳥ちゃんの分もラケットあるから」
と、バドミントンに誘われた。
「いいよ、俺は」
ぷすす、と茉菜が笑う。
「にーに、下手くそだからって恥ずかしがらなくてもいいんだよ? あたしたち、別にカッコいいところ見たいなんて思ってないし」
く……。
そこまで言われて黙っているわけにはいかない。
「ちょっと本気出すわ……」
「にーにってば単純」
「本気出すって、諒くんにそういう概念あるんだ」
微妙に失礼なことを伏見に言われた。
よっこいせ、と立ち上がって、茉菜が持ってきたラケットを握る。
「鳥越もやろう。せっかくだし」
「え、私は……」
伏見と茉菜が手招きしてるのもあってか、鳥越も腰を上げた。
「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」
今回のピクニックもそうだけど、鳥越は案外付き合いのいいやつなのかもしれない。
四人で輪を作ってシャトルを打ち合う。俺と鳥越はお世辞にも上手いとは言えないレベルだったけど、伏見と茉菜のフォローがあって、ラリーはかなり続いた。
「にーにが変なところに打つから! ラリー終わっちゃったじゃん」
「いや、今のは風のせいだから。びゅうってすごいの吹いたから」
「高森くん、ドンマイ」
「おい、待て鳥越。それを言うと、俺がミスったみたいになるだろ」
「諒くん、ドンマイ」
「伏見おまえもか」
責任のなすりつけ合いがラリーが終わるたびに行われ、大抵俺が悪いってオチをつけられた。
納得いかねえ。
でも、鳥越も楽しそうでよかった。
「伏見、今日はダサTじゃないんだ――な!」
「ダサTとか、言わないで、よ!」
「ダサTって?」
鳥越が首をかしげると、茉菜が説明した。
「姫奈ちゃん、私服が鬼クソダサイから、あたしがアドバイス、した――のっ!」
「鬼クソダサイとか言わないで!」
「ちなみに、姫奈ちゃんの今日のファッションは、全身ファッションブランド『しろむら』で揃えたやつだよん」
「茉菜ちゃん、言わないで、それっ」
あー。道理で今日はまとまってるように見えるのか。
特筆することは何もない普通のロンTの上に、上着としてパーカーを着ていた。下は動きやすそうなジーンズにスニーカー。
老若男女が着ても不思議じゃない最大公約数みたいなファッションだった。
「だってぇ、にーにが買ってあげたワンピース着て行こうとするんだもん。そんな一張羅をピクニックに着て行こうとするんだよ? TPOをこれっぽっちも考えてないんだからぁ」
「うぅぅ……すみません……」
ちらりと鳥越が俺を見る。
「高森くんって、そういうこともできるんだ」
「そういうことって?」
「女子に気の利いたプレゼント」
気が利いてるかどうかは別として、改めてそう言われると、なんか照れるな。
茉菜曰く、「お姫様が下町にこっそり遊びに行くときは服変えるっしょー? ブリブリの姫ファッションではいかないわけ」とのこと。
さすがファッション警察。説得力が違う。
「伏見さんって『しろむら』で服買ってるんだ」
鳥越は薄手のカーディガンを羽織って、デニム生地のショートパンツに黒いタイツを穿いている。今日はじめて私服を見たけど、鳥越って、結構オシャレさん?
「鳥越さん、違うの。そういう設定だから。好感度上げるための」
そんな打算あったほうが、余計悪いわ。
「姫奈ちゃんのは設定じゃなくてガチじゃん。例のあの私服こそ設定って言ってくれたほうがまだよかったのに」
「お、お金かけるだけがファッションじゃないでしょー!?」
伏見が開き直ってキレはじめた。
「ぷぷぷ。姫奈ちゃん、どの口でファッション語ってるの。ほぼあたしの言いなりなのに」
「うぐ……」
「『しろむら』は、私も行くよ。可愛いのとか、結構あるよね」
優しい鳥越がフォローに入った。
「鳥越さん……。だよね、うんうん」
「余所行きの服じゃなくて、買うのは部屋着だけど」
「へ、部屋着……」
フォローしたと見せかけて、全力で刺しにいく鳥越スタンス。
がっくし、と伏見がうなだれると、茉菜も渋い顔をしていた。
「あたしのプロデュース力がもっとあれば……!」
「『しろむら』でも良いモンあるんだから、それでいいじゃねえか」
適当に言うと、ファッション警察が食いついてきた。
「じゃあさ、にーに。今日の姫奈ちゃんと鳥ちゃんならどっちがオシャレだと思う? わかんなかったら好みの服装でもいいよ。――どっち?」
ささ、と動いて、伏見と鳥越を俺の前に並ばせる茉菜。
「鳥越」
「あ……あ、ありがとう」
小声でつぶやく鳥越とは対照的に、伏見は無表情に変わっていた。
風が吹けばさらさら~っとなくなりそうなくらい全身が灰の塊になっていた。
「まあ、うん、だよね」
茉菜 P(プロデューサー)も完敗を認めていた。
「どうしてわたしは今までちゃんとお洋服を買ってこなかったのか……」
本格的にヘコむ伏見の肩を、茉菜がガシッと掴んだ。
「姫奈ちゃん、いーい? センスは備わっているものじゃない。磨くものだから!」
「先生ぇ……」
「伸びしろは十分だよ」
「先生ぇぇ……!」
熱い抱擁を交わす二人。
師弟の絆が一層深まった日だった。
「伏見さん、わからなかったら店員さんに訊けばたいていどうにかなるよ」
「そ、そうなの……?」
うんうん、と何度も鳥越がうなずく。
「……今度……一緒に、買い物、してみる?」
「いいの?」
「伏見さんがよければ」
「お――お願いします!」
こっちはこっちで仲が深まりそうな状況だった。
良きかな良きかな、と俺はレジャーシートに座って、乾いた喉をお茶で潤す。
そんなとき、誰かの携帯が電子音を鳴らした。
俺のでもないし、伏見や茉菜のでもない。てことは鳥越のか。
見るつもりはなかったけど、ディスプレイ画面に浮かんだメッセージが見えてしまった。
シノ
『そっち行ってもいい?』
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