第35話


「何て言ってあげたらいいんだろう……」


 帰り道、伏見はつま先を見つめながらぽつりとこぼした。


 俺と伏見が教室に戻ったころには、もう鳥越はいなかった。


 俺は伏見から事の次第を教えてもらった。


 どうやら、俺と伏見の気持ちを確認させるために鳥越が仕掛けたことらしい。


「仲を取り持つようなことをしてくれたけど、きっちりきっかり諒くんのこと好きだったと思うけどなぁー?」


 伏見は膨れっ面で隣の俺を横目に見る。


「矛盾してない? そうだったら、そんな真似しないだろ」

「諒くんが考えるよりも、乙女の気持ちは複雑なんだよ」


 そうなのか? と俺は首を捻る。


 隣にいるのは、お互いが一番だとさっき確認した俺たち。


 ライクなのかラヴなのか、まだわかっていない部分がある。

 真剣に考えれば考えるほど、どんどん難しくなっていった。


 そのことを素直に伝えると、伏見はそれでいいと言ってくれた。


「しばらく、俺は物理室に行かないほうがいいのかな」

「それは……ううん……どうだろう? これまで通りに接したほうがいいような気もするし、気を遣って行かないほうがいいような気もする……」


「なんだよ、乙女の気持ち代弁者さんは頼りねえな」

「そんなこと言ったって、個人それぞれの話なんだからわかんないよ!」


 おちょくったら半ギレになった。


 はっきりと鳥越に返答をしたわけじゃないけど、何かを察したような雰囲気があった。

 まあ、告白のシーンで他の女子を追いかけるような男子だもんなぁ……。


 呆れられたのかもしれない。


 でも、追いかけろって言ったのは鳥越で……。


「あ、じゃあ、中途半端に二人きりじゃなく、改めて三人で昼飯……っていうのは」

「い、いいのかな……? もう、わかんなくなってきた」


 もう直接訊いてみるか。携帯をポケットから出してメッセージを入力していく。


「諒くん、何してるの?」

「どうしたいか鳥越に訊いてる」

「ちょっと、この鬼っ! 何でそんなデリカシーがないことを――」


 プンスコと怒った伏見が、べしべしと叩いてくる。

 ピコンとすぐ返信があった。


『いつも通りだと嬉しいかな』


「……だってよ」

「……そ、そっか。それならいいんだけど」


 またさらに鳥越からメッセージが届いた。


『これからも、伏見さんとも仲良くしたい』


「だってよ」

「と、鳥越さん……っ」


 俺の携帯のディスプレイを見て、伏見が泣きそうになっていた。


「仲良くなれそうでよかったな」

「うん」


 さすがに昨日の今日だと気を遣うから――と、伏見は一週間ほどほとぼりが冷めるのを待つつもりでいるらしい。


「『ほとぼり明け』には、オススメの小説、いっぱい持っていこ……!」


 どれにしようかなー、と伏見は指を折って楽しそうな独り言をこぼした。




 伏見を送り届けて、帰宅する。


 今回の件で骨を折ってくれた鳥越に、改めてお礼をしようと俺は電話をかけた。


「よ」

『何?』

「手間かけさせたみたいで、悪かったな。それとありがとう」

『ううん。二人がじれったいから。ちょっと背中を押しただけ』


 伏見の観察眼では、鳥越は俺のことがきちんと好きらしいけど、耳に聞こえる声音はいつも通りの声だった。


 やっぱり、ただ俺や伏見を煽るために一芝居打っただけなんじゃないのか。


『付き合うんでしょ?』

「うん? いや、そういう話は……まだで……」


『……何してるの、伏見さん』

「あれ、え、俺じゃなくて伏見を責めるんだ」


『そのために私は頑張ったのに。高森くんが鈍感クソぼっちだからってまだ安心してるんじゃ――』

「俺もついでにディスっていくのか」

『伏見さんに好意を打ち明けられたことすらないの?』


 そういうのは…………あれ?

 学校サボって海行ったとき……? あれって、やっぱり俺のこと……?


『思い当たる節あるんでしょ。クソ鈍感』

「なんか、俺への風当たりキツくないですか、鳥越さん」


『いいでしょ、これくらい。許されるよ』


 誰にだよ。


「伏見は真面目だから、ちっちゃい頃に交わした約束を守ってて……それに今も引きずられてるんじゃないのかって……」


『好意を伝えることが、どれだけパワーが要るのかわかってないくせに。昔の約束がどうだなんて、そんなペラい恋心じゃないはずだよ、伏見さんは』


 そうなのか?

 俺はずっと学校一の美少女である伏見が、俺のことなんか好きなわけがないと思っていたし、そんな素振りがあっても、約束を守ろうとしてるから、本心じゃないじゃないってずっと思っていた。


 でも、鳥越曰く、そんなレベルではないと。


『もし、約束がどうとか口にしてたとしたら、きっと建前だよ。本心や本能の部分では間違いなく大好きなんだから』


 だ、大好き……。

 そんなふうに言われると、照れる。


 ふ、伏見、おまえやっぱりそうなのか――。


「にーに、何ニヤついてんの?」

「うおわぁあ!?」


 飛び上がった俺は、あとずさって扉を背にした。


 茉菜が不思議そうな目をしている。

 そういや、ここ、まだ玄関だったな。


「な、何でもねえよ」

「ふうん?」


 受話器越しに、『ふふ、あはは』と鳥越の声が聞こえてきた。

 茉菜とのやりとりが聞こえて、状況がなんとなくわかったらしい。


 鞄を持って、そそくさと自分の部屋に入る。


 ひとしきり笑った鳥越に、昼休憩の確認をして、俺は通話を終えた。




 伏見が言うところの『ほとぼり明け』にあたる翌週の昼休憩。

 学級委員コンビは、まだ席にいる鳥越のところへ向かった。


「鳥越さん、物理室、行こう」

「え? あ、うん」


 一瞬、意外そうに目を丸くした鳥越は、伏見の後ろで俺がニヤついているのを見て、小さく苦笑した。


「……誘ってくれて、ありがとう」


 それを聞いた伏見が、にへへ、と笑った。


 その手には、紙袋。朝訊いたら、伏見セレクトの二〇冊の小説が入っているらしかった。


『ガチよりのガチセレクトだから』と今朝の登校中にガチ面で語っていた。


 自信満々のラインナップで鳥越にプレゼンするようだ。


「それどうしたの?」と紙袋のことを尋ねる鳥越の質問を呼び水にして、物理室までに我慢しきれなくなった伏見が、堰を切ったように話しはじめた。


「伏見姫奈セレクト……! 厳選二〇冊……!」

「いいね。二〇冊は、ラインナップにセンスが問われる」

「んんんんんんそおっ!」


 テンション高めの伏見は、「鳥越さんはわかってる女」みたいな顔で興奮気味で話し、鳥越は静かにうなずきながら「わかる、うん、わかるよ」って顔をしていた。


「伏見さん、それ、私も持ってる」

「か、被ったっ! ――ナイスセンス!」

「ナイスセンス」


 オススメ作品を読んだことがあったり、すでに持っている場合は、そうやってお互いを褒め合っていた。


 静と動、陰と陽みたいで、なかなかいいコンビなのかもしれない。


 ただ、しばらくこの三人でいると、俺は蚊帳の外に置かれるんだろうなというのはわかった。

 まあ、二人が楽しそうだから別にいいか。


 教室ではお互い見せない表情で語り合う二人。


「……やっぱり、私の選択に間違いはなかった」


 こそっと言った独り言が、俺にはかすかに聞こえていた。


 そのときの鳥越の笑顔はとても印象的だった。



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