第34話
タカモリクン?
「俺?」
「そう」
……鳥越が、こういう場面で冗談を言うやつではないことくらいわかる。
「お、俺?」
「……うん」
混乱してきた。
今までそんなふうに見たことがないから。
「そ、そうか……」
「うん」
こ、こういうとき、何て言えばいいんだ?
テンパって、まだ何を話せばいいのかわからない。
「そんなに困らないでよ」
鳥越は、優しい顔で苦笑した。
「わ、悪い。そういう話だと思ってなかったから」
「放課後残っててって言えば、多少は察しがつくと思うけど」
そ、そりゃそうだよな……。言われてみればそうなんだけど、思ってもみなかったから、不意打ちというかなんというか。
「ちょ、ちょっと待って」と、俺は一旦時間をもらうことにした。
どうぞ、と鳥越は言って、悩む俺を見つめている。
たしかに、よく見れば美少女の鳥越。
物静かでクールっぽい雰囲気があるから、地味だと思われがちだけど、実はそうじゃない。
それを俺はよく知っているつもりだ。
付き合ったりなんかすれば、物理室にいるみたいに、居心地のいい時間になるんだろう。
無言でも差し支えなくて、最小限の言葉だけで意思疎通できて。
「……」
そこで、ふと、伏見の顔が脳裏をよぎった。
何でここで伏見なのか、よくわからないけど、茉菜や他の女子でもなかった。
静かな教室に、カタン、と物音が響いた。音のほうを思わず見ると、女子らしきシルエットが廊下を走っていった。
あれは――。
「もう……」
鳥越が独り言をつぶやくと、外を指差した。
「追いかけて。たぶん伏見さん」
「え」
「いいから!」
金切り声で叫ぶ鳥越に、一瞬呆気にとられた。
けど、頭の中で切羽詰まったその声が反響した。
急いで教室を走って出ていく。廊下。遠ざかる背中と揺れる黒髪。
言われた通り、追いかけた。
相変わらず速くて、俺なんかで捕まえられるのかと不安になったけど、それでも走った。
「伏見!」
何で教室の外に伏見がいたのか。気になって聞いてたのか?
「待てって!」
追いついて、何を話せばいい?
話題なんてないかもしれないけど、今はただこの幼馴染を捕まえる必要があった。
「っ……」
その背中が泣いていた。
バカみたいに走り回るせいで、屋上に繋がる階段まで来ちまった。
でもそこで行き止まり。屋上の扉は施錠されたままで、そこから外には出られなかった。
「……待てって……どんだけ走るんだよ、おまえ……」
こういうときって、すぐ捕まえられるもんなんじゃねえのか。
一〇分くらいは鬼ごっこしたぞ。
「来たことないから知らないだろ、優等生。屋上へは行けないんだぞ」
踊り場で俺に背を向けたままぐすり、と返事をする伏見。
俺は上がった息を整えるので精一杯だった。
「何で……来たの」
「おまえが逃げるからだろ。盗み聞きして……イイ趣味してるよ」
「それは……ごめん。聞いてたら、気になっちゃって……教室まで来ちゃった……」
聞いてたら?
伏見が目元を手で拭った。
「返事どうするの」
「…………ああ、あれな」
俺はがしがしと頭をかいた。
「悪いけど、断るよ」
「どうして」
「わからない」
「何それ」
「そのことを考えると、真っ先に伏見のことが思い浮かんだ」
何でそうなるんだろう、と俺も不思議だった。
「鳥越のことを受け入れたとしたら、伏見とは、またただのクラスメイトみたいな距離感に戻るんじゃないかって気がした」
「別にそれでもいいじゃない。前からそうだったんだから」
「よくねえ」
言ってて、まだ自分でもよくわかっていなかった。
ただ、泣いてるその背中を放っておくことはできなかった。
「俺の隣は、伏見が一番収まりがいいんだ」
ぐすり、とまた鼻を鳴らして、肩を震わせた。
「他の誰かじゃなくて、伏見なんだ」
くるりとこっちを伏見がようやく振り向いた。
くしゃくしゃの泣き顔で、学校のプリンセスとは程遠い表情だった。
「そんなの、わたしも、だよ」
たった、と走って、伏見が数段上の階段から俺のほうへ飛び降りてきた。
ガシッ、と抱きしめる――。
なんてことができたらよかったけど、棒立ちの俺は勢い余って真後ろに倒れ、ゴチン、と廊下で強かに頭を打った。
「い、いてえ……!」
「ご、ごめん……つい。嬉しくて」
俺の上に乗る伏見。睫毛を涙で濡らして、目元は赤くなっていた。
「ひでえ顔」
「誰のせいだと思ってるの……」
ピコン、と俺の携帯にメッセージが入った。
見てみると鳥越からだった。
『帰るね。返事はもういいよ。大丈夫』
「鳥越?」
「諒くん、実はね……」
◆鳥越静香◆
『帰るね。返事はもういいよ。大丈夫』
高森くんにメッセージを送って、机に突っ伏した。
「本当に、世話が焼ける二人……」
全然思い通りに動いてくれない伏見さんと、自分のことになると何も察することができない高森くんには、困らされた。
放課後になり、伏見さんに電話をかける。それはそのままにして、高森くんと話をする。伏見さんには全部聞いてもらっていた。
通話を切らなかったせいで、間接的にフラれてしまったわけだけど。
鞄を持って席を立ち、学校をあとにする。
「結果はわかってた」
あの二人がお互い想い合っていることくらい、見ていればわかる。
でも、それはよく見ていればこそ。
そう思わない女子はたくさんいる。
高森くんのことは好き。話してみて伏見さんのことも好きになった。
だから、高森くんが他の女子に盗られるぞ、と警鐘を鳴らしてあげたかった。
私が宣戦布告することで、伏見さんを急かして、二人をくっつけようと思っていた。
……高森くんの相手は、非の打ちどころのない伏見さんがいい。
他の女子じゃ、納得いかないから。
私のエゴで、二人を振り回してしまったことは、素直に謝りたい。
「でも、はっきりしない二人も悪いんだから」
高森くんから、伏見さんへの想いを引き出しそうと思ったのに、彼女が我慢しきれずにすぐそばに来ていたのは予想外だった。
「高森くんが考えている間に、耐えられなかったんだろうね」
……耐えられなかったのは、私も同じだった。
毎日毎日、チクチク、チクチク。
前の席にいる二人の様子を見ていると、針で胸を突かれている気分になった。
どうせ、想い合っているのであれば、はっきりしてほしかった。
高森くんとは、私が一番仲がいい。一緒にいて、居心地がいい。それはたぶん向こうも同じで……だから、もしかしたら――。
そんなふうに思わないでもなかった。
誰もいない公園を見つけて、ベンチに座る。
「結果なんてわかってたけど」
もう一度同じ言葉を繰り返す。
もしかしたら――なんて思う時点で、わかってなんていないのだ。
伏見さんを急かすだけのつもりだったのに、きっと焦ってたのは、私のほうだった。
『少女漫画でもよくあるね。最初から主人公のことが好きな男の子は、対抗馬でしかなくて、結局本命にはならない』
本当にその通りだった。
一年生のときからずっと高森くんのことを知っている私は、突如出現した強力なヒロインに、『隣の席』をあっさり奪われてしまったのだ。
『幼馴染』を皮肉るそのセリフは、私には深く刺さった。
鼻の奥がツンとして、口の中が熱を持つ。視界がどんどん不透明になっていった。喉の奥が震えて、吐き出した息もどこか弱々しい。
「泣くな」って頭の中に聞こえていた声が、どんどん小さくなっていく。
「……もっと早く好きだって気づけばよかった」
結果はわかってたけど、やっぱりつらい。
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