第27話
ご機嫌な伏見と一緒にショッピングモールの中をうろうろしていた。
そうしていると、いつの間にか外は薄暗く夜と言っても差し支えのない時間となっていた。
「あとちょっとで六時か」
「あっという間だね」
門限があるとは聞いてないけど、遅くなるのはよくないだろう。
「帰ろうか」
俺のひと言に、伏見の表情から喜色がどんどん薄れていった。
「……うん。そうだね」
「こんなふうに遊んだことがないから、楽しかったよ」
「わ、わたしも!」
今まで俺たちの遊びっていえば、色気も何もない公園や家で何かするくらいで、小学生のときから止まったままだったけど、高校生になってそれらしい遊びをするのは、はじめてだった。
「最後に寄りたいところがあるの」
出口のほうへ向かっていると、伏見そう言われたのでついていくことにした。
「夜になると、ライトアップされる綺麗な庭園が屋上にあるみたいで――」
それを観たいらしい。
エレベーターに乗り屋上に出ると、伏見が言っていた庭園はすぐに見つかった。季節の花や植物が植えてあり、人工の小川が流れている。
「綺麗だね」
計算されているらしい照明は花や草木を照らしている。
そうだな、と返して、庭園を歩いていく。
チロチロ、と流れる小川の音に交じって、チュル、チュ、と違う音が聞こえた。
何の音だ?
怪訝に思って音のほうを探ってみると、二人がけのベンチに座ったカップルがちゅちゅ、とイチャついているところだった。
「っ」
こ、こんなところで!? ここ、外ですけど! 雰囲気がいいのはわかるけど。
ちらりと伏見を見ると、カチーンと固まっていた。
「……」
まだ何もしたことのない俺たちからすると、カップルってこんなことするんだっていうリアル過ぎる現場を目撃しちまった。
「ふふ。ちょっと、それ以上はダメ」
「誰も見てないから」
はじめてレンタルビデオショップのアダルトコーナーに迷い込んだかのような衝撃だった。
無理やり自分の世界観が押し広げられたみたいな、そんな気分だった。
「ふ、伏見、い、行こう……」
完全にショートしてる伏見の手を引いて、庭園を歩く。
けど――。
中にあるベンチは、ほぼカップルが占領していて、アツアツな状況だった。
「俺たちは、ば、場違い過ぎかもな……」
「そ、そ、そうだね……」
足元だけを見て、足早に庭園を出ていく。
「……何で? 外なのに……。庭園、綺麗なのに……あ、あんなこと、する場所じゃないよ」
伏見が半泣きだった。
猫動画だと思って開いたらグロ動画だった、みたいな気分な。うん、わかるぞ。
「今日のデート、イイ感じに締めくくるつもりだったのに……」
「庭園自体は綺麗だったから」
「ならいいけど……」
あのままスタートしちゃうんじゃないかってくらいの勢いだったもんな……。
この庭園は、俺たちには、まだ早かった……。
低レベル冒険者の俺たちは、高難度ダンジョンから逃げるように去っていく。
「いたっ……」
伏見がしゃがみこんだ。
「どうかした?」
「ううん、大丈夫。ちょっと靴ズレしちゃったみたいで……」
見てみると、痛々しいくらいに踵の皮が剥けてしまっていた。
…………。
あ。そういうことか。
「これ、絆創膏。使ってくれ」
「いいの?」
「うん。たぶん、こういうことだと思うから」
「?」
あのギャル有能過ぎるだろ。
自販機の隣にあったベンチに座り、伏見が膝を立てる。
ちょっと、伏見さん、スカートの中が……。
「ま、待て。俺が貼るから」
「え!? だ、大丈夫だよ」
「そのままじゃちょっとアレだから、足こっちに、ほら」
「い、一日中歩いた足だから、むむむむ、無理っ!」
「今の体勢だとパンツが見えてるんだよ!」
「ふわああああ!? 何で見るの!?」
慌てて伏見が足を閉じてスカートの裾を押さえた。
「見るんじゃなくて、見えたんだよ。不可抗力ってやつで……」
「うぅぅ……」
警戒する犬みたいに唸り声を上げた伏見は、絆創膏を渡して、足を俺の膝の上に乗せた。
「に、におい嗅がないでよね……?」
「嗅ぐか、あほ! そんな特殊な性癖してねえよ」
「でも念のため、息は止めてて」
「臭い自信あるから?」
「もおおおおお、やだああああああ!」
「ちょ、こら、ジタバタしたら――」
足をバタつかせたせいで、またパンツが……。
ガシッと足を掴んで、絆創膏を患部に貼ってあげた。
これで大丈夫だろう。
「ほんと、ヒドい」
ぷう、と膨れてしまった。
「それは、息止めててとか厳重な対応を求めてくるからで……」
堪えきれなくなって、俺はクツクツと笑った。
「爆笑してるし……」
ごめんごめん、と何度か謝ってどうにか許してもらった。
駅までの道を歩く中、改まったように伏見がお礼を言った。
「ありがとう。絆創膏。助かったよ」
「ああ、それは茉菜に持たされただけだから、お礼は茉菜に言ってあげて」
ふふふ、と笑われた。
「黙っておけば、自分の手柄にできて気が利く男ってアピールできたのに。素直なんだね」
「自分の手柄なんて要らないから」
「わたしは、諒くんが思うほど、いい子でもないし素直でもないよ、きっと」
「伏見が言う、『いい子でもないし素直でもない』ってのは、たぶん俺基準だと、いい子で素直の範囲に収まると思うぞ」
そんなことないよ、と伏見は言った。
電車で最寄駅まで帰ってくると、もう夜の八時に近かった。
「遅くなってごめん」
「ううん。寄り道したいって言ったの、わたしだから」
登下校と同じ道をただ歩くだけだけど、夜というのもあって、雰囲気が違って見える。
伏見も、町並みも、どこかパラレルワールドみたいに感じた。
「諒くん、ごめん、絆創膏もうひとつない?」
「また靴ズレ? 悪い、あれしかない」
「そっか。でもあとちょっとだから歩くよ」
自転車で来ればよかった。でも貧乏高校生には、駐輪代が惜しい……。
歩くペースも遅くなり、痛そうに歩いている伏見。
「……」
周囲を見回して、人が誰いないことを確認した。夜だし、いたとしても俺たちだってわからないだろう。
俺は伏見の前でしゃがんだ。
「背中。乗れよ」
「え、お、重いからいいよ」
「おぶったほうが速いから。痛いんだろ」
「……じゃあ……お願いします」
首に腕が回され、背中に伏見の体が密着した。
……わかっていたけど、胸の感触がまるでない。
口に出せば頭を好き放題叩かれそうだったので、胸の中にとどめておいた。
「重い?」
「重くないよ」
首に回される腕に、少しだけぎゅっとされた。
伏見がこそっと耳元でささやいた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
街灯が照らす道を俺は伏見を背負って帰っていった。
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