第28話


◆鳥越静香◆


 土曜の夜、携帯でゲームをしているとメッセージがいくつか入った。


 ピコン、とまたさらに携帯がメッセージを受信した。

 三通のメッセージを上から順に読んでいく。


ヒナ

『今日上手くいったよ!』

『色々ハプニングもあったけど(汗)』

『鳥越さんが誘えば? って背中押してくれたおかげだよ! ありがとう!』


 今日一日、高森くんとのデートがよっぽど楽しかったらしい伏見さん。

 私に、わざわざお礼のメッセージを送ってくれた。


 律儀で真面目な人。


 いまだにどういう対応をすればいいのか、私は判じかねていた。

 高森くんは、元々幼馴染で仲がよかったからフランクに話しているのもうなずけるけど、こっちはそうじゃない。


『どういたしまして』とだけ返しておく。


 相手が学校のアイドルでプリンセスなのだと思うと、どうしても引け目を感じて、距離を取ってしまう。


 私の素っ気ない文字だけのメッセージが、よくそれを表していた。


 いい人なのだ。

 もちろんそれは知っている。でも。

 水清ければ、魚棲まず。

 私のイメージの伏見さんは、この言葉がぴったりだった。


 クラスの中心でも何でもない図書委員の地味女子からすると、近寄りがたいのだ。


 それでも取り巻きたちは、どんな休憩時間でもそばにいようとする。


 高森くんがどう思っているかわからないけど、伏見さんの取り巻きの男女数人は、打算的な人が多い印象だった。

 いつか高森くんに言った『伏見バフ』を使って、自分の価値を高めようとしているのが透けて見えて、あのグループは苦手だ。


『今度、お昼一緒に食べない?』


 メッセージ画面に新たに表示された文字を見て、少し考える。


 伏見さんが来れば、取り巻きたちもあの静かな物理室にやってくるだろう。


「それは……嫌だな……」


 ベッドの上で携帯にぽつりとつぶやく。

 一緒に食べたいのは、私じゃないことくらいわかる。


 私がオーケーって言えば、いつも同じ物理室にいる高森くんとも昼食を食べやすくなるから。


 いや、でもどうだろう。この予想は、あまり自信がない。

 裏表のない人っぽいし、額面通りの誘いなのかもしれない。


「……て言ってもね……」


 伏見姫奈は、クラスの核であり、学校の核でもある。

 彼女が移動すれば、磁石に吸い寄せられる砂鉄みたいに、余計な物までぞろぞろとついてきてしまう。


 伏見さんは悪くない。でも、もっと周囲の状況や自分がど思われているのか、理解してほしい。

 その理解が足りないって部分では、悪いのかもしれない。


 だからといって、拒否はできなかった。

 プリンセスのお誘いを、下民が断れるはずもない。


 学校っていうのは、たぶんそういう場所だから。


 私は、また素っ気ない返事を送った。



◆伏見姫奈◆


 デートの余韻がようやく覚めたころ、お礼のメッセージを送り、鳥越さんを昼食に誘った。


『いいよ』


 しばらくして、そんな返事があった。


「よかった……」


 実は、嫌われているんじゃないかと少し思っていた。


 学級委員に立候補したときも、むこうに譲らせてしまったし。


 素っ気ないけど、元々そういう人のような気がする。


 物静かで、頬杖つきながら本を読んでいるのがよく似合う鳥越さん。


 諒くんに、昼休憩に何を話しているのか訊いても、たいしたことないとか、何もとか、曖昧な答えばかり返ってくる。


 それでも、同じ物理室で昼休憩を過ごすのは、お互い居心地がいいからだろう。


 諒くんがそう思える女子がどんな人なのか、わたしは興味があったし、なれるのなら仲良くなりたかった。


「静かな場所だから……みんなが来ると騒がしくなるから……」


 どうしたらお昼休み一人になれるのか、頭を悩ませる。

 二人の休憩時間に、土足で踏み入るような真似はしたくない。


『りょーくん、りょーくん』


 メッセージで呼びかけると、すぐに反応があった


『?』


 好きな人が、呼んだら反応してくれる。それだけで、嬉しくなってしまう。


『お昼、物理室行ってもいい?』

『無理』


 間髪入れずに即答……。切ない……。


 ただ、彼らしくはあった。

 空気を読む読まないの前に、気持ちいいくらい自分本意で会話をする。

 わたしの前でも他の生徒の前でも、先生の前でも、諒くんだけは仮面を被らない。誰かにならない。


 みんな、みんな、みんな、TPOを気にして、空気を読んで、顔色を窺って、誰かになっているのに。


 学校でそんなことができる諒くんは、わたしには勇者に見えた。


 誰が相手でも無理をしないし気を遣わない諒くんは、話をしていてどこか安心感があった。

 ただ、建前が少ないから、ときどきグサッと刺さることを言うけど……。


 こんな人だったっけ? と、再び仲良くしはじめた頃は首をかしげた。でも新鮮味をそこに感じて、もっとよく知りたいと思うようになった。


 幼馴染とはいえ、中学から最近までこれといった接点がなかった。

 よく知っているとはいっても、それは小学校の頃やそれ以前の話。


 諒くんが、どんな中学生でどんな高校生になったのか、わたしはわからない。もちろん教室での彼は知っているけど、それで知られるのは二割くらいなものだろう。


 鳥越さんへのメッセージを書いては消すことを何度も繰り返し、何が言いたいのかわからなくなってメッセージアプリを閉じた。


 ……高校生の諒くんをよく知っているのは、わたしじゃなくて鳥越さんなのだと思うと、少し胸が痛んだ。

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