第25話
カラオケのときのお詫びに――。
そんなふうに伏見に言われて、週末の出かけることを了承した。
カラオケのことは別段気にしてはいなかったけど、伏見はそうじゃないらしかった。
気にしなくてもいいって何回も言ったのに。
そうして、茉菜の服に着替えて、生粋のギャルにメイクを施され、オシャ可愛となった伏見と電車に乗って繁華街へとやってきた。
「そのヒール、茉菜のやつ?」
「うん。サイズ一緒でよかったよー」
言われてみれば、背丈もそれほど変わらないように思う。
商業ビルがいくつか立ち並ぶ中、目的地であるショッピングモールへとむかう。
「諒くんの服、カッコいいね」
うん、うんうん、と俺の体を上から下まで視線を一往復させた伏見。
茉菜がプロデュースした私服だけど、どうやら伏見のお眼鏡にも適ったらしい。
地味な俺でも多少はまともに見えるようだ。
るんるん、と弾むように隣を歩く伏見が、ショーケースのほうをちらっと見た。
中には、季節の洋服を着たマネキンが置いてある。
「この店、気になるの?」
「ううん。……わたしたち、どう見えてるのかな――って思って」
「さあ。一緒に遊んでる友達とか」
むう、とむくれた伏見が、「まあ、そうだよね」と速足で先に進む。
「拗ねた?」
「拗ねてません」
完全にヘソ曲げてる。
ワゴンのアイスクリーム屋を見つけたので、ソフトクリームをひとつ買った。
「……食う?」
「食べるっ」
目から星みたいなものを散りばめた伏見の機嫌が、一瞬にして直った。
甘い物が好きなのは相変わらずらしい。
スプーンとアイスを渡して、ひと口ふた口食べる伏見が、幸せそうに目を細めている。
目についた手近なベンチに腰掛けた。
「はい、諒くん」
スプーンですくったひと口分をこちらに差し出してきた。
――これ、さっきから使ってるやつだよな。一個しかないし。
「……」
か、か、間接キスになるんじゃあ。
でも待て。
ここで断ると、俺が間接キスにビビってるみたいじゃないか――?
か、間接キスくらい、茉菜としょっちゅうやってるし。
「お、おう、よし」
スプーンを受け取ろうとすると、
「違う違う」と真顔で首を振られた。
「口開けなよ」
「へ?」
「口。あーん。とけちゃう。早く」
間接キスよりもうワンランク上のやつだった!?
「は、早くしてよ……」
小声で言う伏見の頬は朱に染まっていた。
恥ずかしいならやるなよ。こっちまで余計恥ずかしくなるだろ。
「人前でこんなことして――ふんぐっ」
口にスプーンを突っ込まれた。
「おいしい?」
「うん……」
「よかった」
にこっと音が出そうなほどの、いい笑顔だった。
もうこれ以上あーんをしてもらうわけにもいかないので、伏見は引き続きスプーンを使って食べて、俺はときどきそのままかぶりついた。
「今日って、何か目的あるの?」
「目的かぁー。あ、あるよ?」
「何?」
「内緒」
なんだよそれ。
ベンチで足をぶらぶらさせて、鼻唄を歌う伏見。
鼻唄ですら上手いんだな。
こういう伏見を見慣れてないのもあって、すごく新鮮で、可愛いと思ってしまう。
……いや、ギャルになってるからどうとかじゃなくて、その、意外な一面を見たっていうか、そういう感じで。
「さっきから結構見てるけど、諒くん、やっぱりギャル好きなんだ」
「あれは、茶化されないようにするためのカムフラージュで、好きってわけじゃないんだって」
何回言えばわかってくれるんだよ。
くすっと伏見が微笑んだ。
「ううん。もし本当にそうなら、わたし、茉菜ちゃんに弟子入りして頑張るよ?」
胸がざわめく。学校とは違うからか、それとも見慣れない伏見が隣にいるからか。
それはよくわからなかった。
アイスを食べ終え、大型の商業施設に入る。
ファッションブランドや映画館、雑貨店や飲食店などがテナントに入っていて、家族連れや大人から子供まで、色んな人がいた。
館内図をにらめっこしていた伏見が、
「映画観れるんだ」とぽつりとこぼした。
「気になるやつがあるんなら、観ようか」
「じゃあ、行こう!」
俺たちはダンジョンみたいにデカい商業施設の中を進んだ。
併設されている映画館へやってくると、伏見が観たがったのは洋画のバトルアクションものだった。
泣ける恋愛とかじゃなくてよかった……あの手のやつって、泣いた試しがないんだよな。
チケットを買って、時間になると劇場へ入る。
「なあ、伏見、いいの? チケット代出してもらっちゃったけど」
今日はお詫びの体だから、何かしてあげたかったらしい。
「いいのいいの。でないと、お詫びじゃなくてただ遊んでるだけでしょ?」
お詫び自体が要らないって言っても、全然譲らないもんな、伏見。頑固で真面目なやつ。
まあ、そう言うなら、と俺は厚意に甘えることにした。
ひじ掛けに手を置く。
ふにっ。
ん? 何だこれ。ふにふにする。
「~~~~っ!」
何を握ったのか見てみると、隣の席の人の手だった。
伏見が、顔を真っ赤にして口をVの字にしている。
瞬きの回数が尋常じゃねえ! 動揺してるのか、そうなんだな?
「これっ、俺のひじ掛けじゃなくて――」
「わた、わた、わたしの、こ、こっちだった!」
「そそそそそ、そっか!」
び、びっくりした……。
手……握っちまった……。
「~~~」
目をぎゅっと瞑った伏見は、まだ恥ずかしそうにしていて、耳は赤く、手を大事に胸に抱いている。
こっちも変に照れてきた。こんなふうに伏見と遊んだことがないせいか、テンパってばっかだ。
場内が暗くなり、映画がはじまる。
王道のハリウッド映画で、アクションあり、ラブストーリーあり、最後は敵を倒してヒロインと結ばれるというものだった
定番といえば定番だけど、映画館で見るとアクションシーンは派手で音響の効果もあって、すごく引き込まれた。
エンドロールが終わり、観客がぞろぞろと席を立っていく。
「面白かったね」
「うん。映画館はいいな」
「だね! 家でDVD借りて見たりするより、迫力が全然違う」
「あ、それ俺も思った。こういうジャンルはとくに映画館で見たほうがいいな」
「ねー」
妙に話が合うなーと思ったけど、そりゃそうだ。
ちっちゃい頃から、子供向けのアニメを一緒に見たり、親に連れられて一緒にその劇場版を観に行ったりしてたから、感覚が似るのも当然と言えばそうなのだ。
いよいよ誰もいなくなった劇場では、スタッフがゴミを回収したり掃除をしたりしはじめた。
俺たちも席を立ち、劇場を出ていく。
隣に並んだ伏見と手の甲が触れる。
ドキンとして、思わず手を引いてしまった。
――けど。
手は離れなかった。
俺の指先を、伏見の左手が控えめに握っていた。
意図が読めなかった。だいたい何考えているかわかる幼馴染なのに。
どうかした? ――そんなことを訊く前に、頬を染めた伏見が言った。
「きょ、今日は……これから、こうしてて、いい……?」
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書籍化も決まっている幼馴染との淡い青春系ラブコメです。
よかったら読んでみてください!
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