第24話
土曜日の午前中、朝食を適当に済ませて、出かける準備をする。
天気は晴れ。降水確率は午前午後ともにゼロ。
お出かけ日和だった。
「……」
じいーと部屋の隙間から茉菜がこっちを見ていた。
「……なんだよ」
「どこ行くの」
「浜谷のほうへ、ちょっと」
浜谷っていうのは、ここらへんで一番大きな繁華街のことだ。ショッピングモールなどがあり、一日中遊んでいられるスポットが多い。
茉菜の視線を無視して、着替えていると携帯が伏見のメッセージを受信した。
『今家出たよ』
てことは、あと五分くらいでこっちに来る。
「にーにのその格好……デート?」
「違う。伏見と出かけるんだよ」
「デートじゃん」
「違うって」
着替え終わって、忘れ物がないかを確認して部屋を出る。
「ふんふん。にーにの格好、イイネ」
ぐっと親指を立てる茉菜。
いつぞや、おまえに勧められて買ったやつだからな。
「やっぱし、あたしのセンスだよね、すごいのって」
「自画自賛かよ」
下に降りていくと茉菜も見送るためか、ついてきた。ちょうどチャイムが鳴って、茉菜が扉を開けた。
「姫奈ちゃん、おーす」
「あ、茉菜ちゃん。おはよう」
にこやかに挨拶を交わす二人。
「……姫奈ちゃん」
「どうかした?」
小首をかしげる伏見を、茉菜が上から下までジロジロと見た。
そんな茉菜には構わず、奥にいる俺に気づいて伏見が手を振った。
「ちょっとにーに、いい?」
曇り顔をする茉菜がこっちを振り返った。
「ねえ、あれが姫奈ちゃん?」
「見ての通りだよ。さっき挨拶しただろ」
「姫奈ちゃんの私服、ヤバくない?」
ヤバいのか?
女子の服装に俺が明かるいはずもないだろう。
気になって、茉菜越しに伏見をちらっと見る。
「…………ヤバいかも」
マイナーなゆるキャラみたいな変なキャラクターがでかでかとプリントされたTシャツに、小学校低学年の女の子が穿きそうなフワフワのスカート。
ネタか……?
俺のツッコミ待ちなのか?
女子の服装なんてまるでわからない俺にも、あれはヤバいってわかるレベル。
「にーに、どうなってんの? あれが思春期女子の、しかも誰もが振り返る美少女のセンス!?」
「ま、待て、あれは一周回ってオシャレとかそういう――」
「なわけないじゃん。一周回るどころかコースアウトしてるから」
「いや、わかってる。俺もそうは言ったけど、フォローしきれんかった」
「あれがガチなら、あたし、目まいで倒れるかも」
はっ、と合点がいったように、茉菜が目を見開いた。
「にーにを笑わそうとしてるんだよ。あんなキモいキャラのTシャツを着るとか、それ以外にないから」
「そ、そうなのか?」
「ノーリアクションでスルーしちゃうほうが可哀想だから」
こそこそと俺たちが話していると、
「どうかした?」
と伏見は何事もなく訊いてきた。
茉菜が、顎でクイクイと合図してくる。俺は小さくうなずいた。
「ええっと、あれだな、伏見の服って、センスいいよな」
「えっ、ほんとっ!」
キラキラと目を輝かせて、嬉しそうにその場でくるくる回る。
「よかったー。何着ようかなって昨日の夜からずっと考えてて」
えへへ、と伏見ははにかんだ笑みを浮かべた。
「ギャグセンス抜群だな! ブラボー、ブラボー。めっちゃ面白いよ」
俺はオーケストラ演奏後の聴衆みたいな顔で拍手を送った。
「え――……っ?」
「その服から本当の私服に着替えて行こうぜ」
ぶわあ、と伏見が涙目になった。
「服…………これ、気合を入れて……着てきたの……」
大号泣五秒前!
おい、茉菜どうすんだ、ネタじゃなかったぞ――!?
隣を見ると、茉菜が目を回して倒れていた。
「こ、これが……この町で最高とされる、美少女の……私服、センス……」
「茉菜ぁぁぁぁああ!」
「だ、ダサすぎる……」
あああ、ついに言いやがった!
「っっっっ!」
本格的にショックを受けた伏見が、その場にしゃがみこんだ。
「ギャグじゃないもんんんんんんんんんん」
我が家の玄関は地獄絵図と化し、お出かけどころじゃなくなった。
目を覚ました茉菜と、落ち着いた伏見をとりあえず俺の部屋へ連れてきた。
「それしかないの?」
フャッション警察の取り調べがはじまった。
「これが一番いいんだけど、他にも――」
あれでしょ、それに、これと、あとは――と、伏見が持っていてオシャレだと思う服装を挙げていく。
その度に、茉菜の表情がどんどん曇っていった。
「ラインナップがそもそも終わってた……」
「終わってたとか言わないで!」
「そんなクローゼット見かけたら、燃やしてると思う」
「可燃ゴミ扱いしないで!」
はぁぁ、と深いため息をつく茉菜。
「にーにがデートするなんてはじめてだから、誰が相手かと思ったら姫奈ちゃんで。それなら安心だと思ったんだけど」
「いや、は、はじめてじゃねえし」
「何強がってんの、はじめてじゃん」
……はい。
……何で知ってんの。
しょんぼりした伏見がぽつぽつと話しはじめた。
「服を買ったことがなくて……家にあるもので済ませてて……」
「中学のときや最近までどうしてたの?」
「休みの誘いは断ってたから」
「ふんふん。制服でしか遊んだことがない、と」
そう、と伏見はうなずく。
その様子を見て、さすがに同情したのか、茉菜が立ち上がった。
「わかった。あたしが服貸してあげる!」
「いいの……?」
「うん! どうせにーに、ギャルが好きだし一石二鳥だよ」
しらーと、伏見が半目でこっちを見た。
「いや、違うから、別に好きじゃないから。その誤情報どこで出回ってんだ?」
行こ行こ、と伏見の手を取って、茉菜が自室へと連れて行った。
「その、だっっっさいTシャツ、とりあえず脱いで」
「言い方……」
「姫奈ちゃん、ちっちゃいね、おっぱい」
「どうせ育ってないですよーだ」
きゃっきゃと子猫が戯れるような声が部屋から聞こえてきた。
伏見にギャルファッションは似合ってないと思うけど、どうなんだろう。
「メイクもちゃんとしないと」
「やってるからー」
「違う違う。服に合わせたメイクをするの。じゃないと統一感なくてチグハグになるから」
「……はい」
ああだこうだ、と茉菜が何か提案して、伏見が却下して、それをさらに茉菜が否定して――そんな会話が聞こえるけど、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「よしっ。完璧!」
「お、おおおおおおおおおお!?」
どうなってんだ。何がどうなったんだ?
廊下を覗いていると、ガチャと扉が開いて、茉菜が出てくる。
その後ろに隠れた伏見を前に出した。
腕や鎖骨あたりに若干透けるレース?がセクシーなそれに、花柄のスカート。
「どうよ、どうよ、にーに。あたしのオシャ可愛ファッション」
くるくる、と茉菜が伏見をその場で回す。
背中が三分の一くらい見えていた。
ちょっとセクシーでドキッとする。
普段はロングヘアの髪の毛は、ゆるくウェーブしている。
「諒くん、どうかな」
「す、すごい……可愛いと思います」
やった、と伏見が小さく跳ねて、茉菜とハイタッチした。
元々の素材が一級品だからか、それが際立って見える。
茉菜の服だから何度か見たことのある服だけど、伏見が着るとまた少し違う感じがした。
中学のときにやってた、にわかギャルファッションは微妙だったけど、これはすごく似合っている。
がっつりギャルってわけじゃなく、伏見に合うように茉菜が微調整しているみたいだ。
「茉菜ちゃん、でもこれブラ見えたりしない……?」
「いいの、いいの、ブラチラくらいさせておけば」
「だ、ダメだよっ!」
顔を赤くした伏見が「大丈夫? 見えてない?」と何度も茉菜に確認した。
「にーに喜ぶのに」
「……」
「あたしがやると、やめろよとか言いながら、喜ぶんだよ?」
「え」
伏見の声が低くなった。
生ごみを見るような目でこっちを見ている。
「よ、喜んでねえわ!」
けらけら、と茉菜が笑う。
「今度、あたしと一緒にお買い物行こ。そしたら色々アドバイスとかしてあげられるから」
「うん。ありがとう、茉菜ちゃん」
俺と伏見がそうであるように、茉菜と伏見も小さい頃から遊んでいた仲だから、この二人も幼馴染なんだよなぁ。
「諒くん、行こ?」
「ああ、うん」
見慣れないのもあるせいか、隣にいるのは伏見だけどそうじゃない気がして、新鮮というか、なんか緊張する。
露出している肌は白くて、背中とちょっとだけ浮き出た肩甲骨がセクシーだった。
ぶはっ。屈んだ拍子にできた服の隙間からブラジャー見えちまったじゃねえか。
見たことを悟られないように、俺は思い切り顔をそむけた。
こうして俺は、オシャ可愛ギャルになった伏見と、予定より一時間ほど遅れて家を出た。
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