第23話
『諒くん、諒くん、今日暇?』
『一緒に通学してたらわかるだろ。今日とかじゃなくてもだいたい暇だよ』
『よかった。じゃあさ、放課後カラオケ行かない?』
『カラオケ? ああ、うん、いいけど』
珍しかった。伏見が放課後どこに行きたいか、って主張するのは。
放課後を迎え、家からの最寄り駅まで帰ってくると、どういうことかわかった。
改札を出たとこらへんに、俺たちとは違う学校の制服を着ている男女五人がいた。女子二人に男子三人。
「なんだ、そういうことか……」
「どうかした?」
きゅるん、と伏見が首をかしげた。
だよな。二人きりなんて、ひと言も言ってないもんな。
確認しろよ、俺。
今ここでやっぱ帰るって言い出すのも気が引けるし……。
五人と合流した伏見は、同じ中学校の面々と「久しぶり」だの「元気?」だのと挨拶をしている。
なんか盛り上がってるし、帰りにくい……!
俺も一応、伏見を真似て挨拶くらいはしておいた。
男子三人とも、顔は知ってるくらいで、とくに親しかったってわけじゃない。
「同窓会みたいなノリで楽しもー!」
女子の一人が言って、みんなが同調する。内心ため息をつきながら、俺もそうだなと言っておいた。心にもない笑顔を添えて。
伏見は、たぶんしつこく誘われて断れなかったんだろう。
カラオケに行くっていうイメージがあまりないし。
駅前すぐそばの店に行くらしく、道中、伏見はあれこれ質問されていた。
学校のこととか、部活のこととか、彼氏がいるのか、とか。
猫被りプリンセスは笑顔で対応していった。
3-3-1のフォーメーションで道を歩く。前列中央が伏見。俺は最後尾1のポジションだ。
カラオケ店に入り、時間を決めて店員に案内された部屋へとむかう。
伏見が話しかけてきた。でも、顔がちょっと笑っている。
「諒くん、カラオケできるの?」
「舐めんな。茉菜と一緒に結構行くぞ」
「えー。意外」
……勢いで結構行くって言っちゃったけど、具体的に言うと、年数回レベルだ。
「逆に伏見はどうなんだよ」
「わたしは……ぼちぼちかな」
便利な言葉だな、ぼちぼちって。
自信ありげって顔を若干してるんだけどな。
ドリンクサーバーで飲み物を入れて、部屋へ入ると、みんなが順番に曲を入れていく。流行りの曲や誰でも知っているアイドルの曲が流れて、手拍子、マラカス、交代で歌ったりとそこそこ盛り上がる。
「諒くんは、何歌うの?」
回ってきた端末をイジっていると、猫を被り忘れた伏見が、興味津々って顔で手元を覗き込んできた。
『にーに、あたしが必殺技伝授したげる』
『カラオケにそんなモンねえだろ』
『困ったら、アニソン。同世代の人と一緒なら、にーにが見てたやつでいいから。これならイケる!』
『数少ないとされる、絶対の正解だ……』
『ちゃんと映像出るやつね。そしたら盛り上がるし、みんな歌よりも映像に気がいくから。マイクなしで歌い出す人がいたら、その人にマイク渡せばいいよ』
『天才かよ……必殺過ぎんだろ』
――フン。ついに、茉菜理論を使うときがきたようだ。
「まあ、お楽しみってことで」
伏見に手元を見せないようにして、情報を送信する。ディスプレイの端に曲名が表示されたけど、それでピンとくる人はいなかった。
俺の前に、伏見の順番だった。
曲名ではわからなかったけど、イントロのあたりで何の曲かわかった。
去年あたりに流行ったシンガーソングライターのバラード曲だ。
みんなが聞き入るのがわかる。張りのある声と抑揚が心地よく耳に流れる。
普段の声音と全然違う。
俺も静かに流れる曲と歌声を聞いていた。
歌い終わった伏見が、「次、諒くんだね」とマイクを渡してきた。
「……ああ、うん……」
「ヒナちゃん上手いっ」
「伏見さん、ヤバいね」
メンバーははしゃぐようにして伏見を褒めた。
何か習ってるのかってくらい上手かったもんな。びっくりだ。
けど――歌いづれぇえええええ!
そうならそうって、先に言えよ!
しんみりバラードのあと、アニソンだぞ!? 空気ぶった切ります失礼します。
あー……茉菜理論のタイミング、ミスったんじゃ……。
マイクが入っていることを確認して、一度咳払いをする。
俺の心配は杞憂に終わった。
映像が流れはじめた瞬間、男子三人のギアがトップに入った。女子の恋心を歌ったバラードよりもこっちのほうがよかったんだろう。
女子は「ああ知ってる知ってる」くらいな反応だったけど、男子が盛り上がったので、茉菜理論は成功したと言える。
可もなく不可もない俺の面白みにかける歌声は、誰も聞いちゃいなかったっぽい。よかったよかった。
そんな感じで、一周、二周していき、女子二人がトイレに席を立った。
そこで一時休憩となり、空になったコップを持って、ドリンクサーバーへむかった。
「諒くん、結構上手じゃん」
ついてきていた伏見が、笑顔で言った。
「普通だよ、普通」
「ごめんね。ちゃんと今日のメンバー伝えておけばよかった」
「いいよ、そんなの。俺も訊かなかったし」
最初は不安だったけど、男子があれだけ盛り上がってくれるんなら、選曲しがいもあるってもんだ。
ヒナちゃん上手だったねー、とトイレ帰りの女子の声が角を曲がった通路のほうから聞こえてきた。
「なんで高森くん連れてきたんだろう。三対三じゃなくなるのに」
「でないと行かないって言うから」
「ふうん。でも、あそこでアニソンはないよね」
「うん、空気読めよっていう――」
きゃはは、と笑い声が響いた。
スッと伏見の表情から笑みが消えた。
こういうのは、殺気とでも言えばいいんだろうか。表情や仕草からそれが滲んでいた。
通路のほうへ一歩踏み出した瞬間、俺は伏見の腕を掴んだ。
「いいから。放っとけよ。大した悪気もないだろうし――あ、ちょっ、こら」
強い力で伏見が俺の手を振り払う。足音を鳴らしながら角を曲がった。
「あ、ヒナちゃん――」
「カラオケって、選曲にルールあるの?」
声だけだけど、わかる。完全にキレてる。
猫をこのままちゃんと被っておけばいいのに。
「え? 顔、怖いよ。どうしたの?」
「男子たちは楽しそうに盛り上がってたじゃん。――諒くんは、空気読めないんじゃないよ。読んだ上でそうしてるだけだから」
きっぱり言って、二人が完全に黙り込んだ。
「……ごめん。今日帰るね」
顔がまだ怒っている状態で、こっちに戻ってきた。
「諒くん、帰ろ」
「まだ時間あるぞ」
「いいの、もう」
「とんだ我がまま姫だな」
何を言っても聞き入れてもらえなさそうなので、説得は諦めることした。
伏見は自分と俺の分の代金を部屋にいる男子たちに渡して、鞄を持ってカラオケ店をあとにした。
あとで払おうと思ったけど、頑として受け取ろうとしない。
相変わらずくそ頑固。
いつもより歩くのが速い。わかりやすいやつ。
「さっきも言ったけど、悪気があって言ったんじゃなくて、ちょっとしたイジりみたいなもんで……」
「でも、あんなのないよ」
まだ怒ってる。機嫌悪そうに、口をへの字にしていた。
「ごめんね……同じ中学の人となら楽しく遊べると思ったんだけど、逆効果だったよね」
「そんなことないよ。歌ったり聞いたりしてた間は、それなりに楽しかったから」
「ほんと? だったらいいんだけど」
「俺のことは放っておけばいいのに、わざわざ角が立つようなことしちまって……」
「いいの。諒くんだって、わたしが陰口言われているとき、ビシッと言ってくれたじゃん」
「俺はいいんだよ。好感度ほぼゼロだし」
「そんなことないです。何でそんな自己評価低いの?」
何でって言われても。
帰り道、隣の幼馴染にじっと見つめられた。
「……カッコいいよ、諒くんは」
「面と向かって言うのはやめてくれ」
そういうの、言われたことないから反応に困る。
「わたしだけが知ってればそれでいっか」
ふふふ、と今度は笑いを漏らした。
ころころと表情がよく変わる。
「今度は、二人で行こうね」
「二人なら、まあいいか」
「やった」
ご機嫌になった伏見を俺は家まで送っていった。
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