第20話
伏見がそわそわしていた。
一限目の授業が終わろうかという時間。
本間の誘いを直接断るってやつを、面とむかって言うつもりらしい。
授業開始前に、俺が「別にメッセージ一回送ればよくね?」と言うと、伏見は首を振った。
「そういうのはメッセージとかじゃなくて、ちゃんと顔を合わせなきゃ」
誠意がどうのこうのと言っていた。
真面目なやつ。
「どういう反応されるかちょっと心配……」
「変に根に持つようなタイプじゃなさそうだけどなぁ」
ぼそぼそと言って、俺は前のほうに座る本間さんを見る。
先生が開いていた教科書をパタンと閉じて、授業の終わりを告げる。伏見が号令をかけたあたりでチャイムが鳴って、短い休憩時間に入った。
「ふぅーーーーー」
格闘家みたいな精神統一をした伏見が席を立ち、仲いい女子と話している本間さんのところへ行く。あんなに言うもんだから、俺も心配になって様子を窺っていると、
「あぁー、やっぱりそっか」
と、まず本間さんが困ったように笑う。
悪い反応じゃないので、俺はほっと胸をなでおろした。
「ごめんね、何度も誘ってくれているのに。わたしも、出てくれそうな人捜すから」
伏見の言葉には、気を遣ってますって感じがかなり滲んでいた。
もっとフランクに話せばいいのに。
伏見があんなに下手に出る必要はないだろ――って思っちゃうんだよな、女子の群れ社会を知らないぼっち男子の俺からすると。
「ううん、いいよいいよ。無理言ったのこっちだから」
それから何度かやりとりをして、一仕事終えたような顔でこっちに戻ってきた。
「お疲れ」
「ありがと。次の生物って移動教室だっけ?」
「そうだっけ?」
「んもうー。わたし、先生に確認してくる」
俺もついていく、って言おうとしたころには、もう伏見は教室から出ていったところだった。
上がった腰をまた椅子に落ち着けて、暇つぶしに携帯でSNSを覗く。
「――――忙しいって何? 帰宅部なんじゃないの?」
「そこは詳しく聞いてないけど――」
「ケチくさ。ちょっと出るくらいいいじゃん」
「付き合いめっちゃ悪いからね。遊びに誘って来たとしてもすぐ帰るし。小学生かっての」
黄色い笑い声が耳に入ってきて、俺は顔を上げた。
困ったように笑う本間さんの周りに、運動部の女子が三人いた。
「あり得なくない? 一日ちょっとテニスするだけじゃん」
「去年から一緒のクラスなのに、血も涙もないっていうか」
がたん、と俺がスマホをぞんざいに机に置く。その音が教室内に大きく響いた。
「――じゃあ、おまえらの誰かが行けよ。その大会」
本間さんの周りにいる数人に言った。語気が思いのほか強かったらしく、教室がしんとしたのがわかった。
「人数合わせだから誰でもいいんだぞ」
俺が急に声を上げたもんだから、三人が困惑していた。
「『ちょっと出るくらい』なんだろ? ……帰宅部だから暇だろうとか、忙しいかどうかを勝手におまえらが決めんな」
休憩中なのに、痛いくらいの沈黙が舞い降りた。
廊下かから学校らしい喧騒が聞こえてきて、ふと我に返った。
……こういうところなんだろうな、俺に友達がいないの。
「移動教室かどうか先生に聞いてくる――」
居づらくなって、俺は言いわけをして席を立った。
振り返ると、最後列の席に座っていた鳥越が、無表情のままぐっと親指を立てていた。
気が抜けたように、俺は小さく笑って教室を出た。
「……あっ」
「うおっ!?」
扉のあたりで伏見と出くわした。
「生物室に、移動みたい」
「ああ、うん。了解」
てくてく、と伏見は静かになった教室に入っていき、黒板に「次の生物は生物室です」とだけ書いた。
チョークを持つ手が、少し震えているのがわかった。
入口らへんであれが聞こえて、教室に入るタイミングを窺ってたんじゃ……。
変な空気になっていた室内から逃げるように、クラスメイトたちがノートと教科書を持って出ていく。すぐに誰もいなくなった。
黒板をむいていた伏見がこっちを振りむいた。
「あんなこと言わなくても、わたし、大丈夫なのに」
「嘘つけ」
ショックに決まってんだろ。あんな陰口、直に聞いたら。
「慣れっこだから」
「慣れんなよ、あんなもんに」
「諒くんが悪者になっちゃう」
「いいよ、別に。俺の好感度なんて今さらだし」
「あはは」
俺に心配かけまいとした、悲痛な笑顔だった。
「無理に笑わなくてもいいんだぞ」
「ダメ……でないと……泣いちゃうから」
言い終えたころには、もう伏見は涙を瞳にいっぱい溜めていた。
もう泣いてんじゃねえか。
何も言わず、俺は伏見の頭を撫でた。頭を俺の肩に乗せた伏見が、一度鼻をすすった。
「諒くん……ありがとう」
こりゃ、学級委員揃って授業は遅刻だな。
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