第15話


「にーに、姫奈ちゃん来てるけど?」


 そんな声が聞こえた気がして、目を開ける。

 目覚まし時計は鳴る前で、まだ七時だった。あと三〇分寝れるんだけど……。


 むくりと起きて、さっきの声が幻聴なのかどうかを確認すると、エプロンをつけた茉菜が部屋の入口に立っていた。


「姫奈ちゃん何で来たの?」

「知らねえよ……」


 携帯を見てみると、伏見からの着信が六時半にあった。

 ……緊急の用事とか……?


「……お腹空かせてると思って、ご飯いっぱい作っておいたから」

「さんきゅ……。おまえはいい嫁になる」


 ギャルだけど。


「っ。そ、そんなこと朝っぱらから言うなぁー!」


 とりあえず、スウェットのまま出るのもあれなので、上着を着て玄関へむかった。


「諒くん、おはよ」

「ああうん、おはよ」

「起こしに来たんだけど、ちゃんと起きてるね」


 えらいえらい、とまだ半分寝ている俺の頭を、伏見は撫でる。


「起こしに来たって、まだ早くね……?」

「そうかなー? わたし、六時半起きだから」


 早ぇな。俺と誤差一時間もあるじゃねえか。


 家から学校までは、徒歩と電車の時間を合計して約三〇分で着く。

 八時半がホームルームなので、八時前に出れば十分間に合うのだ。


「学級委員だから、遅刻できないなって思ったら、目が冴えちゃって」


 目がギンギンだった。こっちはまだしょぼしょぼしてるっていうのに。


 すでに伏見は、『伏見姫奈』として完璧に仕上がっていた。


「出てくるまで、外で待っててもいい?」

「いいけど」


 ありがと、と言って、伏見は玄関から出ていった。


 今から二度寝するのも危険なので、俺はダイニングで茉菜が用意してくれた朝食を食う。


「何しに来って?」

「ううん、お迎え?」

「ああいうことする人だっけ、姫奈ちゃんって」


 そんなテンプレ幼馴染みたいなことをする人じゃなかった。

 でも昔、小学校低学年のときは、そういうこともあった。なんか懐かしいな。


「付き合ってんの?」

「ぶほぉ!?」


 味噌汁吹き出しかけた。


「いや、そんなことないぞ」


 俺が言うと、「ふうーん」と茉菜は一度玄関のほうをちらっと見た。


 手早く朝食を済ませ、準備をして家を出る。スマホ片手に時間を潰していた伏見と合流して、学校へ登校した。




 去年、学級委員の仕事を見ていたけど、そんな大したことはしない。

 授業の最初と最後に号令したり、課題のノートを集めて先生のとこに持っていったり、先生の連絡事項を伝えたり、雑用がほとんどだ。


 行事でクラスをまとめる必要があったりするけど、こっちには影響力抜群の真面目プリンセスがいるから、心配しなくても大丈夫だろう。


 放課後になり、席で学級日誌を書いていると、隣に座っている女子がじいーっとこっちを見ている。


「……何?」

「ううん。頑張ってるなーって思って」


 ニコニコしながら伏見は俺に注目する。


 そんなに見られるとやりにくいんだよなぁ。


 授業とその内容を簡単に書いていき、ぱたりと閉じる。

 いつの間にか、教室には俺と伏見だけになっていた。


 俺を見るのに飽きたのか、気を許した猫みたいに伏見は机の上に突っ伏していた。


 これを担任のところへ持っていけば、学級委員としての一日が終わる。


「お昼、鳥越さんとどんな話をしてるの?」

「いや、なんにも」

「本当に?」

「本当に。今日はお互い『あ、来たな』っていう目線を交わして、ずっと無言だったよ」


 前からずっとそんな感じだ。会話しないと気まずいとかそういうのは一切ない。


「どうして、鳥越さんも立候補したんだろう」

「え?」


 頬を少し膨らませた伏見は、そこに答えが書いてあるかのように、じいいいいと俺の顔を見つめる。


「内申点とか?」

「あー……来年は三年だもんね、わたしたちも」


 真偽は定かではないけど、適当に言った回答に一応納得してくれたらしい。


 学級日誌と鞄を持って、静かになった廊下を歩く。ときどき吹奏楽部の演奏がぼんやりと聞こえてきた。


「諒くんも内申点狙いなの?」

「そんなこと気にするやつは、学校サボったりしねえよ」

「それもそっか」


 強いて言えば、あの空気だ。「誰かやれよ」っていう、あれ。

 苦手なんだよな、あの空気。

 色んな意味で声のデカいやつが、勝手な意見を通して、その押しつけが自分に回ってくるんじゃないかって、ちょっと思ってしまう。


 職員室の担任の席に学級日誌を置いて、学校をあとにする。


 窓の外が雲で暗くなり、なんか雨降りそうだな、と思ったときには、ぽつんぽつんと雫が一粒二粒とガラスをぶつかり線を引いた。


 昇降口でスニーカーに履き替えたころには、目に見えるレベルの雨が降り出した。


「諒くん、傘ある?」

「いや。予報じゃ降らないって言ってたんだけど」

「ふふ。そういうこともあろうかと――」

「あ、置き傘みっけ!」


 昇降口の傘立てに、黒い傘が一本あった。

 誰かの傘ではなく、みんなの傘っていう認識で、緊急時はこれを借りて、きちんと返すのが暗黙の了解となっていた。


「えっ。か、傘あるんだ」

「ありがたく使わせてもらおう。伏見、さっき何か言わなかった?」

「い、言ってない、言ってないよ!」


 首も両手もぶんぶんと激しく振った。


「そうか?」と俺は立てかけてある傘を手に取り開く。二人分には少し小さいけど、ないよりマシだろう。


 降りしきる雨の中、俺たちは駅へと向かう。


「くっつかないと濡れるかも……くっついて、いい……?」

「だったら、これでどう?」


 傘を伏見側で持つ。

 これなら濡れないだろう。


「それじゃあ諒くんが濡れちゃう」

「濡れるっていっても肩くらいで」

「いいからっ」


 ずいずい、と距離を縮めて、伏見の肩がずっと腕に触れている状態になった。


「これでオッケー」


 こんなに近いと、俺はオッケーじゃない

 そういや昔。黒板に伏見が相合傘を書いたことがあった。


『りょーくんと、ひなの、あいあいがさ!』

『何、それー?』

『こうすると、二人はけっこんするの!』

『あいあいがさが何かは知らないけど、たぶんちがうとおもうよ』


 間違えて覚えたその効果を今もまだ信じてたりして。


 ……ん?

 伏見の肩にかけた鞄から、紐らしきものが出てないか?


「でね――そんでさ――」


 楽しそうに何か話すけど、紐の正体のほうが気になった。

 よく観察してみると、紐の先には持ち手のようなものが見えた。


 ……あれ、折り畳み傘じゃね?


「伏見、傘持ってる?」

「――――え? も……持ってるワケないじゃん」


 顔をそらしながら言われた。おい、それ、俺の目を見て言え。


 慌てたように伏見は、出ていた紐を鞄の中に押し込んで見えないようにした。


「…………」

「…………そんでさー」

「思いっきり話題変えてきた!?」


 観念した伏見が、唇を尖らせた。


「い、いいでしょ……ちょっとくらい……。好きな人と、相合傘……憧れてたんだから」


 そう言って拗ねたように眉根を寄せた。


「……したかったの、相合傘」


 恥ずかしそうにつぶやいて、頬を染めた。

 学校では見られない表情に、俺は思わず笑ってしまった。


「何で笑うのー? もう」


 困ったように言って、伏見も笑った。


 通り雨だったらしく、駅に着くころには雨は止んだけど、傘を畳むまで伏見はずっと肩を俺にくっつけていた。



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よかったら読んでみてください!


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