第14話

 高森と伏見は幼馴染――。

 放課後だっていうのに、一斉にその情報は広まった。


 そのせいか、伏見と俺が一緒に帰るのは自然なことだと思われたらしい。


 これまで(あいつなんだよ?)的な視線を男子各位に送られていたけど、幼馴染という肩書は絶大で、俺は安牌という認識になったようだ。


(あいつは幼馴染だから大丈夫)(オレたちのアイドルは奪われない)的な視線が多くなった。


 なんなら、将を射んとする者はまず馬を射よ――とでも考えているのか、まず俺と仲良くしようとするやつも現れた。教室から昇降口までの短い時間にだ。


「我が校のプリンセスの影響力は半端ねえな」


 さしずめ俺は、姫お付きの従者ってところか。


「え? 何?」


 きょとん、と首をかしげる伏見に、俺は何でもないと首を振った。


 学校をあとにして、帰路を歩く。


「諒くん、吉永くんのやつ、あれ、本当にありがとう」

「なんだよ、改まって。お礼はさっき聞いたけど」

「ううん。もう一回言おうと思って。また助けてもらっちゃったね」


 そんな大層なことでもないけどな。


「ま、運動部は春の大会とか近いから、ピリピリしてるんだろ。にしても、相変わらずクソ真面目だな、伏見」

「え、嘘。そんなことないってば。普通だよ、普通」


 どうだか。


「な、何その目……」

「俺と茉奈と伏見の三人で、一個のショートケーキ分けるってことあったよな。結構前」

「あったっけ?」

「上手く三等分できないから、めっちゃ泣いてたもんな」

「――そ、そんなことあったっけ?」


 伏見姫奈の黒歴史ノートこと俺。大失敗エピソードは結構覚えている。


「あったあった。イチゴが分けれない~って。俺と茉奈が引くレベルで号泣」

「しっ、知らない、知らない! そんなの知らない!」


 顔をそっぽにやって、知らないを連呼した。

 この反応、元々覚えていたか、俺の話を聞いて思い出したかのどっちかだな。


「バカにしてるわけじゃないよ。真面目なんだなーって思ってさ」

「絶対ディスってるじゃん……顔がニヤニヤしてるもん……」


 羞恥心か怒りか、それともその両方か、伏見は顔を赤らめながら半目で俺を睨む。


「……てか、大事な約束とかは忘れてるのに、どうしてそんなしょーもないことばっかり覚えてるの!」


 からかいすぎたらしく、手痛い反撃にあった。

 それを言われると、ぐうの音も出ねえ。


「約束って、何個?」

「そこからー? んもう……煩悩と同じ数くらい」

「まじかよ」


 一〇〇個越えてるってことか? 覚えていられるわけねえ……。

 頼みの綱は約束メモだけど、俺がメモってるのは、小学生のときのノート。

 探せば専用ノートが出てくるのかもしれないけど、今のところ心当たりはそこにしかない。


 電車に乗って最寄り駅まで着くと、改札を先に通った伏見が、くるん、とスカートを翻しながら振り返った。


「今日は駅前でバイバイしよ」

「ああ、うん。どっか寄るところでも?」

「え? ああ、ええと、うん、そんな感じ!」


 返答が曖昧で歯切れが悪い。

 表情がどことなくぎこちない。


「どこ行くの?」

「ど、どこでもいいでしょー」


 怪しい……まあ、隠したいことがあるんなら、これ以上詮索するのはやめておこう。

 冷や汗らしきものは見逃すことにして、俺たちは駅前でわかれた。




「今日は本気でマジで無理なやつだから」


 キッチンに立つ茉奈はいつになく冷たい。


「まあまあ、茉奈ちゃん、そこをなんとか」


 包丁の手を止めて、肩越しにこっちを振り返る茉奈。

 ゴテゴテのネイルだと料理しにくいんじゃないか? って前言ったら、「質問が素人くさい」って言われた。悪かったな、素人で。てか玄人はどんな質問するんだよ。


「無理よりの無理だから。ママにキツく言われてるんだから。サボって何してたの?」

「……え。そりゃ……電車、乗り過ごして……」

「乗り過ごしたら戻ればよくない? すぐ折り返せば学校遅刻しないっしょ」


 く。ギャルのくせに賢いな、こいつ。


 伏見にまだ一緒に乗ってたいと言われた、とは言えなかった。


「何ニヤニヤしてんの」

「し、してねえわ」


 けど、今日はマジで無理なやつだ。自業自得とはいえ、晩飯抜きはツライ。


「じゃあお菓子とかは」

「にーにがこの前勝手に食べたポテチで最後。まだ補充してない」


 八方塞がりだった。

 今日は一晩、貝のように大人しく静かに過ごそう……。


 コンビニ行こうかと思ったけど、財布にそんな余力はなさそうだった。


 そんなとき、携帯がポコン、と鳴った。何かメッセージを受信したらしい。


『今から行くね』


 伏見からだった。もう夜の七時になろうかという時間だ。


『いいけど、何しに?』


 既読にはなったけど、返信はなかった。


 しばらくすると、家のチャイムが鳴らされ、茉奈が出るよりも先に玄関を開けた。


「どうかした?」

「……えっとね、これ!」


 じゃじゃん、と昭和くさい効果音を口で言いながら、伏見がハンカチに包まれた箱のようなものを出した。


「お弁当、作ってきた」


 その笑顔の後ろでは、後光がさしているように俺には見えた。


「わざわざありがとう」

「晩ご飯抜きかもって言ってたから、それで」


 まだ制服のままだった。

 てことは、帰りにスーパー寄って料理してきたのか?


 俺のために……。


 じいん、としていると、


「そう感激しないでよ。……私が作りたかったの。諒くんのために」


 学校では見せないような、照れた笑みを浮かべた。


「あ、あがる?」

「ううん。いきなりだったし、時間も時間だから迷惑になっちゃう」


 天使みたいな笑顔でニコニコする伏見は、「また明日ね」と手を振って去っていった。


「手作り弁当……」


 さっそく部屋に戻って食べることにした。


 かぱっと蓋をとると、一面茶色かった。

 カボチャの煮物が、パンパンに詰まってた。


「べ、弁当……? お裾分け……?」


 どっちだ。でも弁当って言ってたよな、本人。

 カボチャの煮物、好きだからいいけど――素直に喜びにくい!


『いっぱい食べてね!』


 サプライズお弁当大成功って思ってるんだろうか。

 ある意味サプライズだけどな!


『諒くん、好きって言ってたの思い出しちゃって』


 限度とバランス!

 弁当箱じゃなくてカボチャ箱になってるじゃねえか。


「まあ好物だからいいんだけど……腹も減ってるし」


 何だかんだ言いながら、俺はカボチャの煮物を全部食べた。味は、普通に美味しかった。

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