第13話


 伏見と鳥越が同時に手を上げたことで、教室内に変などよめきが起きた。


「「「「おぉぉぉ……」」」」


「無口ビューティとプリンセスの一騎打ち……」

「が、頑張れ、『実は美少女説』がある鳥越……!」


 男子たちが適当なことをひそひそと言い合っている。


 そんな中、隣の幼馴染は、立ち合いに臨む剣士みたいな凛々しい顔つきで、手をピシッと上げている。

 この顔は、譲る気ないな……。


「どうする、どうする? 話し合うか? ジャンケンやクジなんてつまんないもんな?」


 ドラマを欲している担任は、二人を煽るようなことを言う。


 どうするんだろう、と俺は他人事みたいに二人を交互に見ていたら、


「……伏見さんに、譲ります」


 す、と鳥越が手を下げた。

 ふんすふんす、と鼻を鳴らしている伏見。顔に「勝利」って書いてあった。


「あー……そう? じゃ、学級委員は高森と伏見な」


 先生が改めて言うと、俺たちに注目が集まった。そのときには、ふんすふんすとやっていた伏見は、いつの間にかお淑やかな微笑を湛えていた。


 表情が全然違う。器用だな、伏見。


 俺たち二人が前に出て、委員会決めの司会進行をする。


「伏見が仕切ってくれるんなら、私はいなくてもいいな」


 安心したようにワカちゃんは言う。俺は? ねえ、俺は??


「じゃあ今日中に頼むわぁ」と、教室をあとにした。


 先生がいなくなったことで、空気がゆるんだ。私語がちらほら飛び交うようになった。


「次、美化委員――やりたい人いますか?」


 伏見が話を進める。俺はそのフォロー。そのほうが上手く回るだろう。


 実際、伏見の影響力がそうさせたのか、とんとん拍子に委員会は決まっていった。


「ユウトと委員会も一緒……♡」

「ったく、しゃーねーな」


 こんなふうに、カップルでその委員会に収まることもあった。


「チ」「チッ」「チ」「チ――」「チ」


 イチャつく二人を見て、教室中から舌打ちの音が聞こえた。


 あんなふうに公然とイチャつかれるとなぁ……。

 これだから派手グループのカップルは。


「教室は公共の場所で……。好きだからって理由で同じ委員会とか……」


 やれやれと頭を振って、誰にも聞こえないようにぼそっと言うと、そばにいた伏見には聞こえていたらしい。


 ……すげー悲しそうな顔をしてる!


「そ、そうだよね……。そんな理由、ダメだよね……」


 うるるるるるるるるるる。


 ぶわあ、と今にも瞳から涙がこぼれそうだった。


「どうした伏見! みんな見てるぞ、落ち着けー」


 小声で言うと、周囲の状況をよく見た伏見。


 すすす、と瞳が渇いていった。


 涙引っ込むの早っ。女優かよ。


 ちなみに、『実は美少女説』があったりなかったりする鳥越は、図書委員になった。

 似合う。うん。似合う。


 じいっと鳥越を見るけど、顔の印象が薄い。

 それは、正面で向き合って話したり面と向かって昼飯を食べたりしたことがないせいだろう。

 見れば鳥越の顔だって認識できるけど、帰って思い出せって言われると、少し時間が要る。


 ガタン、と男子が一人スポーツバッグを持って席を立った。


「どこ行くの、吉永くん?」


 すぐに声をかけた伏見。新クラスになってまだ一週間経ってないのに、よく顔と名前覚えられるなー。


「もう決まったし、部活行ってもいいだろ?」

「え、でもまだ授業中で……」


 このホームルームが今日最後の授業。委員を決めることが最大の目的で、担任のワカちゃんもすでにいない。

 あと一〇分ちょいで放課後だし、ちょっとくらい早めに終わってもいいんじゃないか。

 って、俺も思う。


 でも、伏見はそうじゃないらしい。


「まだ何かあんの?」

「ない、けど……」


 頭が固くて真面目で融通が利かないのは相変わらずのようだ。


「じゃあいいだろ」


 少し苛立ったように吉永が言うと、伏見が押し黙った。


 伏見は、ワカちゃんにあとを頼むって言われてるしな。

 そんで、とくに伏見は頼られている。


 先生からの信用や学級委員の責任とか色々あるそれが、上手く言葉にはできないんだろう。


「あと一〇分くらい、席で適当に過ごしててくれよ。頼む」


 俺が小さく頭を下げると、教室がしんとした。


 あれ……俺、なんか変なこと言った……?


 ガタ、とまた椅子を引く音がした。


「……わかったよ。カリカリして悪かったな」


 どさ、と床にバッグを置いた吉永がまた席についた。


「助かる」


 教室のみんなが、安堵したように息をつくのがわかった。

 それと、好奇の目線が俺のほうへ向けられている……。


「こいつ、こんなこと言うキャラなんだ」とか言いたそう。


 俺だってキャラじゃないことはわかってる。でもまあ、伏見が困ってそうだったから。


「諒くん、ありがとう」

「気にすんな」


 伏見と仲がいい女子……俺とも去年クラスが一緒だった倉野が「ねーねー」と声を上げた。


「姫奈ちゃんさ、高森くんと仲よさげだけど――」


 ピキーン、と主に男子から殺気めいたものが放たれた。

 新クラスになってから、誰一人として触れなかったこの話題。


 殺気立つ男子だけじゃなく女子も興味津々の様子だった。


「ああ、うん。幼馴染だから」


 この情報を知らない人もかなり多かったらしく、とくに男子からの殺気がスゥ、と消えた。


「だから仲いいのか」

「幼馴染……」

「青春ワードど真ん中……」

「でも……あれじゃん」

「うん、あれだよ」


「「「「何だかんだで、絶対くっつかないパターンのやつ」」」」


 聞こえてた伏見がくすくすと笑って、いたずらっぽい顔をして尋ねた。


「そうなの、諒くん?」

「な……何で俺に訊くんだよ」


 何でだろうねー? と伏見は楽しそうな笑顔をしていた。

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