第9話


 サボることは、俺からすると別段珍しいことじゃないので、まだ一緒に乗っていたい、と伏見に言われても、抵抗感はなかった。


 さっきまであんなにいた同じ学校の生徒たちは、今では俺と伏見だけとなってしまった。


 ちょうど空いた座席に、俺たちは並んで座る。


「……ど、どうしよう、私、悪の道に諒くんを……」

「悪の道って、そんな大げさな」


 あわわ、と目を潤ませる伏見に、俺は小さく笑った。


 どこに行くのか、どこまで行くのか、わからないし、きっと訊いても明瞭な答えは返ってこないんだろう。


 俺の記憶にある限り、伏見が遅刻したり学校を休んだりすることはなかったように思う。


「結構サボることあるから、気にすんな」

「知ってる」


 一駅、二駅と、電車は学校の最寄り駅からどんどん遠ざかっていく。


「こんなつもりじゃあ、なかったんだけど」


 ごめんね、と伏見は何度も謝った。その都度俺は、いいよと返した。


「俺はともかく、伏見が何の連絡なしに遅刻したら、騒がれるんじゃないの」

「うう……かも」


 お腹痛いってことにしておこう……と、ぼそりと隣で言った。

 またベタな理由だな。


 携帯に登録してある学校の電話番号を探して、伏見に教える。


「何で学校の番号登録してるの?」

「いつでもサボって適当に言いわけを言うためだよ」

「わぁ、諒くん、いつの間にか不良に……」

「可愛いもんだろ」


 電話をかけるため、一度電車を降りた。

 終着駅のひとつ手前の駅だった。


 駅舎の中で電話をかけようとする伏見に「おいおい、ここで電話したらアナウンス聞こえるぞ」と注意して、トイレをオススメしておいた。


「あ、そっか! サボり慣れしてるねー」

「まあな」


 用を済ませた伏見は、五分ほどしてトイレから戻ってきた。


「事務員の人? が出て、若田部先生に取り次いでくれて――」


 結構あっさりしたものらしく、理由は訊かれなかったという。


「はいはいーって言われただけだったよ」

「俺だったら根掘り葉掘り質問されただろうに……一年のときはそうだったのに……」

「信用度ってやつかな」

「くそ……」


 あはは、と伏見が笑う。


「せっかくだし、ここらへんちょっと歩いてみない?」


 そう誘われたので、駅舎を出て、町をぶらつくことにした。

 終着駅が山の麓に近いせいか、この駅付近は建物が少なく、目に見える車は、ロータリーに停まっている数台のタクシーくらいだった。


 伏見の足が赴くまま、散策を楽しむ。

 警官に補導されやしないか心配だったけど、杞憂に終わった。

 警官どころか人があまりいない。


「あ。海のにおい」


 鼻先でべったりとした磯のにおいがした。


「え、海? 近くにあるの?」

「かもな」


 適当に歩いていると、車通りの多い国道に出て、その奥に防風林があった。

 木々の隙間からは、白い砂浜と藍色の海が覗いている。


「う、海――――――っ!!」

「声でか!?」


 雪を見た犬みたいに伏見がはしゃいでいる。


「ほ、ほ、ほら、あれ! 諒くん!」

「落ち着けって」

「ひ、久しぶりだから、なんかテンション上がっちゃって!」


 わくわくでルンルンな伏見が走り出し、「ちょ、待て」と俺もあとを追いかける。

 横断歩道を渡り、防風林を抜けて砂浜に出た。


「わぁ……!」


 はじめて来たわけじゃないだろうに、伏見が感激して、目を輝かせている。

 風で煽られる髪の毛を押さえながら、サクサク、と波打ち際のほうへ歩いていった。


 海もはじめてじゃないし、俺と来た海もはじめてじゃない。


 小学生の頃、夏休み海で遊んだことを思い出した。

 相合傘を書いた伏見が自分の名前を書けと言ったので、俺が名前を書くと、伏見がテレテレしながら、反対側に自分の名前を書いたことを思い出した。


『りょう♡ひな』


 今思えば、なんつー恥ずかしいことを……。


 時刻は午前九時半。みんなは一限の授業受けてるところだろうな。


「わわっ――」


 突風が吹き去ると、前にいた伏見がスカートを押さえた。

 俺は制服の上着を脱いで、伏見に渡した。


「これ、腰に巻いとけ。俺も目のやり場に困るから」

「皺になっちゃうよ?」

「いいよ、そんなの」

「……うん。ありがとう」


 茉奈がカーディガンをそうするように、袖同士を結び上着を腰に巻いた。

 落ちていた木の棒を拾って、伏見が砂浜に何か書く。


『すき♡』


 こっそり俺を振り返った。


「うん、まあ、そうなんだろうなって思ったよ」

「えっ――」


 ぴくん、と一瞬肩をすくめて、はにかむように笑った。


「や、やっぱり、バレて……?」

「あのテンションの上がり具合だと、誰でもわかるって」

「え?」


 伏見の顔が真顔になった。


「海。好きなんだろ?」

「……え?」


 完全に表情が曇った。


「海の話じゃ――」

「じゃないよっ」


 膨れっ面に変わった。

 すると今度は恥ずかしくなったのか、伏見は頬を染めていた。

 学校では見せないような表情が、ころころと変わっていく。


「……もう……ばか」


 怒ったような照れたような顔をして、上目遣いで俺をじっと見つめる。


 俺のこと? ――とは、訊けない。

 勘違いだったら、とか、実は恋愛相談を持ち掛けられているんじゃ、とか。可能性は色々とある。


 もしそうだとしたら、何で俺なんだ?

 だって伏見は、学校で一番人気がある女子。

 俺とはただの幼馴染。俺を選ぶとしたら、それだけしかない。


 もっといいやつ、告ってきたやつの中にたくさんいるだろう。


「ねえ、誰のことだと思う?」


 いたずらっぽい顔をして、逆に訊いてきた。

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