第5話


 それから、お互い無言になり、最寄り駅に到着した。


 一緒に帰るって、こんな感じでいいんだっけ?

 小学生の頃は、あちこち寄り道したりした記憶があるけど……高校生って一緒に帰ったら何かするのか……?


「何難しい顔をしてるの?」


 伏見に覗き込まれていて、びくっとした。


「いや、帰るって、これだけだけど、いいの?」


 最寄り駅からは歩き。

 俺んちからのんびり歩いて一五分。朝の急いでるときなら一〇分くらいの距離だ。


「気、遣うんだ」

「そりゃな。我が校きってのプリンセスなんだから」

「諒くんまで、そんなふうにわたしを見ないでよ」


 面白くなさそうに伏見はつぶやいた。

 って言われてもなぁ。


「あ、そういや、鳥越とは仲いいの?」

「鳥越さん? 仲いいというか、普通かな」


 俺のIDを鳥越から訊いたって言ってたから、親交が深いのかと思いきや、そうでもないらしい。

 いきなり伏見からメッセージが来たから、鳥越もびびって変な声出してたもんな。


「ねえ、はっきりさせておきたいんだけど」


 立ち止まった伏見が、改まったように前置きした。


「何?」


 はっきりさせたいこと?

 心当たりがまったくないので、首をかしげた。


「諒くんって――」

「おぉーい」


 伏見の声に被さるように、聞き慣れた声がした。伏見が俺の後ろのほうを指差す。


「諒くん、ギャルがめっちゃ手振ってる」


 もしや、と思ってちらりと振り返る。

 高森家の長女にしてこの春中三になった、妹の茉奈(まな)だった。


 ゆるく波打つ茶髪と派手めの化粧。これでもかっていうくらい短い制服のスカートに、腰に巻かれたカーディガン。

 あれで後ろからのパンチラを防いでいるとかなんとか。


 でも、自転車漕いでるとき、正面から普通に見えるときあるんだよな……。


 その茉奈が小さく跳ねながら手を振っていた。


「誰、あれ」

「茉奈」

「えっ、茉奈ちゃん!? い、いつの間にか、どギャルになってる……!?」


 昔は、俺と伏見が遊ぶとき、茉奈も混じって何度も遊んだことがある。でも、今の茉奈にその面影はゼロ。

 中学入学した頃は比較的大人しかったけど、いつの間にかこの路線に突き進んでいる。何でこうなったのか、俺もよくわからん。


 ててて、とそのどギャルがこっちにやってきた。


「にーに、今帰りー?」

「外でにーにって言うんじゃねえ。恥ずかしいだろ」

「にーにはにーにじゃーん。って、あれー? 姫奈ちゃん、久しぶりー」

「久しぶりだね、茉奈ちゃん」


 キャッキャと久闊を叙すわけでもなく、茉奈は俺と伏見を交互に見た。


「珍しいね。一人じゃないなんて」

「たまたまな、たまたま」


 ふうーん、と茉奈は鼻を鳴らした。


「にーに、ご飯何食べたい?」

「だから、にーにはやめろと。……カレーとか?」

「おっけ」


 にしし、と笑みをこぼす茉奈。


 こいつはこう見えて意外と真面目で、高森家の台所を預かり、毎日母さんに代わって飯を作ってくれるのだ。


「じゃ、またあとでね」


 そう言って、茉奈はそこらへんに停めていた自転車に乗って、どこかへ行ってしまった。

 たぶん、スーパーで晩飯の買い物だろう。


 ギャルのくせに全然遊ばないんだよな、あいつ……。


 びっくりしたぁ、と伏見がつぶやいた。


「あれはあれで可愛いけど、茉奈ちゃんが、あんなに変わるなんて」


 だよなぁ、びっくりだよなぁ、と俺も他人事のように同意をした。


「わたし、知ってるんだから。諒くんってギャル好きなんでしょ?」

「へ――っ?」


 びっくりし過ぎて目ん玉こぼれるかと思ったわ。


「……何情報だよ、それ」

「だって、中学のときに、そう聞いたから」


 中学のとき?

 ……あ。もしや、あれのことか?


 小学校からずっとクラスが一緒のご近所さんで幼馴染の伏見のことを、一度茶化されたことがあった。

 好きなんだろー? とか。朝起こされたりしてるんだろー? とか。半分以上馬鹿にした感じで。


 それが嫌で、伏見と真逆の人物像を口にした。


『はあ? 俺、あんなのじゃなくて、ギャルがいい』


 伏見はどっちかっていうと正統派。だから通ぶって(?)そんなことを言った。

 自分のことならまだしも、女子絡みのことでからかわれるのに、耐性がまったくなかったのだ。


 とぼとぼ、と伏見が歩き出す。


「あんなのだもん、どうせ……」


 よく覚えてんな!


「あれは本心じゃなくて、弾みというか、なんというか」

「茉奈ちゃんは、変化があったり色々と成長したりしてるのに」


 どこに出しても恥ずかしくないギャルになっちまって……。

 成長したのは胸くらいのもんだ。


 伏見が目線を胸元に下ろした。

 微かに膨らみのある、うすーい胸だった。


「……今、死にたくなった……」

「精一杯生きて!」


 肩を落としながら歩を進める伏見に並んだ。


「ギャルが好きってわけでもないから」

「本当に?」

「うん。俺と伏見のことを、茶化されたのが嫌だったってだけで、本心じゃないから」


 中にはいいギャルもいるんだろうけど、どっちかっていうと敬遠しがちな人種ではある。

 うちの妹はいいギャルの部類だ。飯作ってくれるし。


「それなら、いいんだけど」


 雰囲気がいくらか柔和になった……気がする。


「もぉ、よそよそしくして、損した」


 幼馴染の姫奈ちゃんから、同級生の伏見さんに心理的に距離が開いたのは、思えば中一くらいからだった気がする。


 俺も、そんなふうに周囲から茶化されるのが嫌で、伏見とは距離を置くようにしてしまった。

 伏見を女の子として意識するようになったからこその結果なんだけど、これは中一男子の性というか、麻疹みたいな誰でも通る道だろう。


「これまで他人オーラ出してたのって、もしかして、俺の発言のせい……?」

「そうだよ。どうせ、あんなのだもん」


 根に持ってる!?


「悪かったって。本当に」


 拝むように、俺は何度も謝った。


「どっか途中で寄ろうか? そこでお詫びに何か奢るから。……な? コンビニでアイスとか駄菓子とか、そういうので頼む。カフェでパンケーキとかなしな」


 じゃあ、と伏見は言った。


「わたし……諒くんち、行きたい」


「へ?」




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よかったら読んでみてください!


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