第4話


 授業が終わり放課後を迎えた。


 伏見と俺が本当に一緒に帰るのか? このときまで、ずっと俺は半信半疑だったけど、やっぱり本気で一緒に帰るつもりだったらしい。


「諒くん、行こう」

「お、おう……」


 俺、伏見と話すとき、お、おうしか言ってない気がする。


 鞄を手に立ち上がった伏見は、教室を出ようと背をむけた。動くたびに、体から音符が飛び出しそうな雰囲気だった。


「ヒナちゃん、今日はどこ寄っていく――?」

「ごめんね。今日、高森くんと帰るから」

「え? ああ、そう……?」


 伏見と仲がいい女子が、きょとんと目を丸くした。それから、伏見の後ろを歩く俺を一瞥して、首をかしげる。


 まあ……そうだよな。

 その女子とも一年のときはクラスが一緒だったけど、俺と伏見が仲いい素振りなんて、まるでなかったし。


 そう。まるでなかった。


 なんで急に『幼馴染』をはじめたのか、俺にはさっぱりわからん。

 逆に言うと、小学校の頃は『幼馴染』だったのに、いきなりそれがなくなって距離ができたのも、よくわからない。


 それから伏見は、教室を出るまでに何人かの誘いを断った。みんな一様にきょとんとしていた。

 気持ちはわかるぞ。俺もきょとんだ。いまだに信じられん。


 断る理由がないからOKしたけど、何があってどうしてこうなってるんだ……?


「いいの? みんなと放課後はカラオケ行ったり、ファミレスでしゃべったりするんじゃないの?」


 さらさらと揺れる髪の毛を耳にかけて「え?」と伏見が反応した。


「だから、どうして俺なんだろうって思って」


 たぶん、カラオケ行ったり、ファミレスでしゃべったりするほうが、俺と帰るより断然楽しいと思う。


 伏見が唇を尖らせた。


「約束を覚えてない人には言いません」

「何だよ、それ」


 俺が拗ねたように言うと、伏見が「あはは」と声を出して笑った。


 昔みたいでちょっと楽しいぞ、くそ……。


 昇降口を出て、並んで歩く。新入生はもちろん、下校する生徒の注目を集めたのは言うまでもないだろう。

 肩身狭ぇ……。


「放課後は、寄り道もせずに真っ直ぐ帰ってたんだよ?」

「え?」

「わたし、夜遊んだりするような子じゃないもん」


 もんって……そんな子供みたいな言い草して。


「遊び慣れしてるって思わるの、ちょっと嫌かも」

「ごめん。教室で見た感じだと、そういうことをしてるグループと仲良さげだったから、そうなのかなって思って」

「誘われても、付き合うのはちょっとだよ。夕方の六時くらいには家に帰ってるから」


 教室でのイメージ通り、優等生なんだなぁ。


 花も恥じらう学校のプリンセスが、そんなに早く家に帰って何してるんだか。


 最寄り駅までは五分ほどで到着し、やってきた電車に乗車する。


「あ。わかった」


 どうして俺を誘ったのか、合点がいった。思わず声に出ちまった。


「え、どうかした?」


「伏見、車内を見てみろ」


 ? と頭に疑問符を浮かべて、俺が言った通り伏見は車内を見回す。

 乗客の割合は、大半がうちの生徒で占められていて、他の乗客はまばらだった。


「車内が、どうかした?」

「満員電車でもないし、変なやつもいねえ。同じ学校の生徒たちばっかりだ」

「うん?」

「帰りは、痴漢の心配、しなくてもいいんだぞ?」

「え? してないよ?」


「……」


「してないよ?」

「二回も言うなよ」

「だって、無反応だから。……あ、もしかして、わたしが諒くんを頼ってるって思った?」


「――お、お、思ってねえし」

「うっそだぁー」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、伏見はつんつん、と俺の胸を突いてくる。

 クッ、楽しそうにつんつんしてくるなよ。


「もしここが、朝みたいな満員電車だったら、また守ってくれる?」


 伏見がなんかグイグイくるぞ。


「またって……前はたまたま見かけただけで――てか帰りは満員電車にはならねえから」

「んーっ! もしもの話っ! 実際どうかはこの際置いといて」


 置いとくそれが一番大事なんですけど。


 むうーと見つめてくるので、降参の意味を込めて俺はひとつため息をついた。


「そ、そうだよ。守るって言うと照れくさいけど、変な被害に遭わないようにするよ」


 この回答に満足いったようで、てへへと伏見は照れ笑う。


「普段帰りは、電車ほとんど使わないんだけどね」

「さっきのくだり、全部無駄じゃねえか」


 なんなんだよ。

 たしかに、これまで伏見を帰りに見かけたことはなかった。帰る時間帯が違うんだと思ったけど、そうじゃないらしかった。


「じゃあ、なんで今日は電車?」


「……から、でしょ……」


 何かぼそっと言って目をそらした。恥ずかしそうに車窓から外を眺めている。

 でも、さっぱり聞こえなかった。


「え、何? もっかい言って」


 ガタンゴトンと揺れる電車の中で、伏見は顔を半分だけこっちにむける。

 小声だったけど、今度はちゃんと聞こえた。


「諒くんが電車で帰るからでしょ……っ」


 頬がじわじわと朱に染まっていった。

 顔が赤いのは、夕日に照らされてるからってだけじゃないらしい。


「一緒に帰りたかったの……わたしのほうだし……」


 もじもじしながら、伏見はつま先に目線を落とした。


 その発言やこの状況が、まだ俺には信じられなかった。これはドッキリか何かで、誰かが撮影してるこれを、ライブ配信してるってほうがまだ信じられる。


「……え、何? どういうこと?」

「もうっ、何回言わせるのっ、意地悪しないでっ。恥ずか死しちゃうじゃん!」


 新しい単語作んなよ。俺も照れ死しそうだわ。

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