天使で悪魔なお姉さん
「ねぇダダン。ここ分かんない」
「おい先輩」
「だってぇ」
隣を覗き込み、手伝ってやる。本日26回目。無視するとうるさいので見てやった方が省エネだ。
洋裁の仕事は悪くない。
単純採掘に比べれば遙かに文明的な頭脳労働だった。
何より手元に道具が揃っているのが最高だ。
針やハサミはもちろん、紙、鉛筆、定規も支給され、監督官の見回りも緩い。
最低限の仕事を終えれば、思う存分、自分の製図を――――。
「ダダン助けて」
27回目。それにしても隣がポンコツ過ぎる。倍働いてる気分だ。
「ここは距離が長いから、チョークで印をだな……。……チョーク。……レヴィ、お前のチョークは?」
「チョーク?」
「色の付いた棒だよ。指ぐらいの長さの」
「……、し、しらない。……けふっ」
咄嗟に口を覆い隠した。それが答えである。
「あーん、してみ」
「……やだ」
「テメェ食ったな?!」
「た、食べてないもん!」
「口元に色付いてるぞ」
「う、うそっ!?」
「やっぱ食ってんじゃねえか!」
「あっ!? 今のなし、今のなし!」
◇
服飾部の倉庫は宝の山だ。
出来上がった織物や糸の他にも、なめし革や装飾具が積まれている。後者は山の外の品だろう。
家で見かけることのない素材ばかり。
チョークなどの備品もここにあるらしいが――――。
「チョーク? っていうのはね、そこの箱にあるわ」
「……やけに詳しいな」
レヴィは目を逸らした。そして箱の中は空っぽ。
「あら?」
仕方なしに赤毛のお姉さんを呼んで戻ってくる。
「チョークなくなったって? ありゃ、ホントだ。……最近妙に減りが早いんだよね」
――――先生、犯人はこいつです。
「予備あったかな……」
ゴソゴソと棚の奥を漁り始める。
こちらに突き出されるお尻。ミニ丈のスカートが少しずつ捲れていく。
まるい尻頬は剥き出しに。白い下着が実はふんどしに近い形状で締められてることまで分かってしまう。
彼女は自分の体勢に気付かず、「ないない」と蠱惑的に腰を揺らしている。
「こらっ!」
レヴィが急に俺の目を覆った。
――――いや待て、いま良いところだから! こんなの見るなと言う方が無理だ!
お姉さんの後ろで静かな攻防を繰り広げる俺達。
俺がフェイントを掛けた拍子に、レヴィがつんのめった。
倒れまいと手を伸ばし、棒を掴む。
それをヨロヨロと振り回して。
プスッと。部屋で最も無防備な場所に、クリティカルヒット。
「――――んぁぅッッッ?!」
赤毛の少女が背を逸らした瞬間、ゴチン。後頭部を棚に強打した。
完全に沈黙する。
とてつもなく間抜けな絵面のまま。やがてカラーンと棒が抜け落ちた。
「ヒイロ、……大丈夫?」「大丈夫か?」
「けほっ、こほっ、……な、なんとかね」
そうして振り返った少女の顔は真っ白。
チョークはチョークでも黒板に使うチョークだ。それを顔面に浴びてる。
「んぶぶぅっ」「ぷっ、ふふ」「真っ白……真っ白……」「バカ、言うな。くくく……っ」
俺達はどちらともなく吹き出した。
「…………で、どっちの悪戯かな?」
「こいつです」「こいつよ」
「……悪戯、なんだね?」
「あ、違う! 事故事故!」「そう、事故なの!」
「もう遅いよ」
バキボキと指を鳴らす少女。
「……お、怒らないって言ったのにっ!」
「怒ってないよ。……でもほら、悪戯は叱らなくっちゃ」
逃げようとして、下がれない。レヴィのアホが盾にしてやがる!
腋をぐわしっと掴まれて、持ち上げられる。
「ほーら、もう逃げられないぞー? ――――こちょこちょこちょっ」
「うぁっ?! ――――ッ!!」
「ふふふ。くすぐったい? まいった?」
「…………やっ! やめろよぉっ!」
「おや、頑張るね。みんな大抵これで降参するんだけど――――こしょこしょこしょ~♡」
「っ、俺が、俺様が、こんな、ことで……ッ! ぎひっ!」
不意に机へ寝かされた。
馬乗りになられ、腿で挟まれる。白い下着は完全に丸見えだが、それどころではなかった。
本気のくすぐり。不安定な体勢とはレベルが違う。
気が狂いそうになるほどのくすぐったさに思い切り喉を振るわせた。
「だははははっ!? あははっ! レヴィ! レヴィがやったの! あいつっ! うひゅひゅひゅひゅっ! チョーク食ってるのもあいつ!」
「なんでバラすの!? ダダンのバカ!」
「そっかそっか、ありがとう。……でもね、ダダン。友達を売るのって、私好きじゃないよ?」
「ぶひゅひゅひゅひゅっ?! だ、ダメら! アホになるっ! 頭、変になる! うへへへへっ! やめてっ! ごめん! ごめんなさいって! あはははは!」
「だ~め♡」
転属先には、天使の皮を被った悪魔がいた。
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