ノーラさんの食事情


 人間は立ち入り禁止。

 そんな掟のあるドワーフの里にノーラが隠れ住むようになり、数日が過ぎた。

 傷は随分塞がってきたように見える。


 食事は豆と生野菜のみ。ドワーフの献立から石を抜いたものだ。

 鮮度云々以前に、代わり映えしない粗食はかなりつらいはずだが、文句も言わずモソモソと食べている。


「平気。美味しい」

 一体今までどんなものを食べてきたら、ウサギの餌を美味しいと言えるのか。泣かせる話だ。

 付けいる隙があるとするならば、そこ。

 ノーラからは、まだ一度も「ご主人様」と呼んで貰っていない。

 今日こそは呼ばせてやる。そしてなし崩しに俺好みに調教してやろう。くっくっくっ……。


「……変態」

「なぁっ?! まだ何も言ってないだろうが!」

 奴隷特有の勘なのか、ノーラは妙なところで鋭い。一度ガードを緩める必要がある。


「ここまで傷が塞がってるなら、もう湯に入っても大丈夫だろう」

 という訳で、ノーラはレヴィに連れられ温泉に向かった。

 髪に絡み付いた汚泥はガチガチに固まってて、拭いても取れなかったしな。丁度良い。


 山の中に温泉? と思われるかもしれないが、温かな地底湖と考えてくれ。

 ここは熱水鉱床を主体とする鉱山。温泉はウザいほど出る。間違えて水脈をブチ開けて、坑道が沈んだこともあるぐらいだ。


 ともあれ、ドワーフは温泉と仲良く付き合っている。

 石灰華段――小池が段々に連なり、棚田のようになった地形――の湯水で一日の疲れを取るのが、我らの日課だ。

 人間界で似たような地形を挙げるなら、秋芳洞の百枚皿が有名だな。


 ――――レヴィ達、見つからないように入っているだろうか。


 女性ドワーフの入浴はかしましい。

 里の温泉はどこも混浴なのだけれど、女性が入ってるところに男性が迷い込むことは滅多にない。


 彼女らは皆、自慢の髪を持っている。

 宝石のように煌めく髪は確かに見事なのだが、手入れの手間も尋常ではない。一人では綺麗に洗えないため、友達と一緒に洗い合う。

 髪や、髪に隠れた背中を。


 そして、我々はスポンジを持っていない。

 石鹸をよく泡立てて、手洗いすることになる。

 無防備な友達の背中を。泡塗れの手で。

 ……相手は髪を洗っていて、腋はガラ空き、目も開けられない。


 ――――もうお分かりだろうか。悪戯好きな幼女らが、何をするか。


 妖精的な側面を持つ彼女達は、その誘惑に抗えない。

 相手が声を上げ、反応し、くすぐったがれば、尚のこと。

 その結果、引き起こされるこちょぐりあい。

 彼女らの入浴はかしましいのだ。


 ――――鉄仮面のノーラも、くすぐられたら笑うんだろうか?


 普段クールに取り澄ましている彼女がバカ笑いしている姿は、ちょっと想像できない。



 ともあれ、女子共を追っ払っている間に人間様の料理を作ることにする。


 錬金術は台所から生まれた、なんて言葉もあるとおり、調理は最も原始的な科学的行為だ。

 反芻機能を持たない人類は第二第三の胃袋を外に作った。

 それが鍋であり、火であり、包丁である。


 食品を化学的に変容させ、無毒化し、可食物を広げる。およそ反則的チートな生存戦略。

 人類がここまで繁栄できたのは肉食動物の牙を作ったからではない。草食動物の胃を作ったからなのだ。


 料理=美味しい味付け、と考える現代人は多いが、それは全く表層的な話である。

 ――――だから多少不味くなっても許してくれ。

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