悪戯な妖精達


 『本物の星空』計画は、思わぬ方向に転がった。


 地上までの道のりは想定よりも困難だ。

 俺一人なら何とかなるが、レヴィには見せたくないものが、上層にはたくさん転がっているらしい。

 使い捨てられた鉱山奴隷の末路は、脈石よりも雑に扱われるとノーラは話す。

 その凄惨な光景が、レヴィの幼心にどう刻まれるか。

 ルチル女王が「まだ早い」というのも、一理ある。


 何より俺達が出掛けている間、ノーラを匿える者がいなくなる。

 俺とレヴィはどちらともなく、計画の延期を決めた。


 だが、得たものは大きい。


 今はまだ小粒の魔人も、磨き上げれば強力無比な人間兵器になることを、前世の経験で知っている。

 子供の内に懐柔し、骨抜きにし、心酔させ、ご主人様抜きでは生きていけない体にしてやろう。

 ぐっへっへっへっへ!



「ノーラ、変なことされたらあたしに言うのよ?」

「わかった」


 嫌だナー、しないヨー、そんなことー。

 女子二人がジトッと此方を見てくる。


「そういえば昨日、無理やり脱がされた」と、ノーラが呟く。

「ちょっとダダン!?」

「違っ、違うぞ!? 誤解だ! 俺はただ紋章を視たかっただけで!! 魔獣化の兆候を調べなきゃいけないだろ!? 医療行為だ! ……そうだよな、ノーラ! ちゃんと説明したよな!?」

「?」

「すっとぼけんじゃねー!」

「言い訳は後で聞くわ」


 ピンク髪の怪力女に組み伏せられ、お仕置きという名目でくすぐりの刑に処される。

 こうなってはもう「ごめんなさい」以外のセリフは認められない。

 そんな俺を見下して「ふっ」とほくそ笑むノーラ。

 ――――いい度胸だ。ぜってぇ懐柔してやるからな!



 秘密基地での会合を終えて自宅に戻った俺に、「ルチルから伝言があるでち」と母は切り出した。


   ・


   ・


   ・


「はーい! というわけで、〝新人〟のダダン君でーす!」


 翌日。

 レヴィの紹介を受け、黄色い歓声が飛んできた。「よろしくねー」とか「本物だー!」とか。

 目の前に並ぶのは10歳ほどの少女達。

 実年齢は不明だ。


 ドワーフの男性が様々な文献でヒゲモジャ禿頭と書かれる一方、ドワーフの女性は可愛らしい少女と記載されることが多い。それは真実と断言できる。

 妖精郷が妖精郷たる由縁だ。


「はわぁ、ちっちゃい、可愛い~」「うわ、髪サラサラ!」「あたしも! あたしも撫でる!」

「きみって騎士隊長なんでしょ? すごいね、こんなに小っちゃいのに!」「デリーやっつけたとき、あたし感動したよ! あとでサイン頂戴! サイン!」

「レヴィとチューしてたよね! もう付き合ってるの?」「ひゅーひゅー、このおませさん!」「うっ、うっさい! ただの儀式よ! あれは!」「じゃあ私が貰っちゃおうかな!」

「わ、腕細いね~」「これぐらいのが丁度良いよ」「男の子の服、任せられるね」

「魔法! 魔法みせて!」「魔法使えるの?」「レヴィから聞いたよ! ドカーンって魔法!」


 ――――迎え入れられて10秒で揉みくちゃにされた。

 なんという女所帯だ。

 レヴィの仕事場が、こんな所だったとは。

 むさっ苦しい採掘場とは香りがまるで違う。

 柔らかなものに抱き付かれたり、撫でられたり。


 まさに極楽。などと考えていると、ベタベタ触ってくる手の一つに頬を抓られた。


「いたたたたっ?!」

「目は覚めた?」

「元から起きてるだろ」

「……デレデレしてたもん。乗せられちゃダメよ? みんな、からかってるだけなんだからっ」

「あー! レヴィがヤキモチ妬いてる!」

「ちっ、違うし!」


 ヤジが飛ぶと、レヴィは真っ赤になって否定した。


「あたしはただ、あんた達の本性を知ってるだけ! 初日から悪戯はなし! ほらっ散って! しっしっ!!」

「ケチー」

「離れなさいっ」

「わわわっ」


 俺に抱き付くロリっ娘を引き剥がそうとするレヴィ。

 その横で、別の少女が俺にキスしてきた。


 ちゅっ、と音を鳴らして、柔らかな感触が額から離れる。

 デコチューをお見舞いしてきた美少女は、妖艶に唇を舐め、微笑んだ。


「服飾部にようこそ、新人君」

「……ど、どうも」

「やっぱりかわいいなぁ、小さい男の子って」「次、わたし! 次、わたし!」「ズルいっ。私だって並んでたのにっ」


 ひしっ、と抱き付いていた子から頬にキスされる。それと競うように別の子が片頬を奪っていく。

 あとはもう順番も何もない。

 キスの嵐に圧倒され、少女の海に溺れる。


「こらぁ! やめなさいっ! やーめーろー!!」

 

 レヴィの声だけが遠くに聞こえる。


「歓迎のキスだよ? レヴィにもしてあげたでしょ? ここに来た頃」

「ダダンにはまだ、刺激が強すぎるから……!!」

「……だから面白いんじゃん?」

「んなっ?! ほら見なさい! 化けの皮が剥がれたわ! これがこいつらの本性――――」


 ――――どんっ、と背中を押されるレヴィと俺。

 つんのめったレヴィは俺に抱き付いて止まり、こちらも反射的に抱き留めると、周りから冷やかしの声が上がった。

 腕の中でレヴィが、かぁぁぁっと熱くなる。


「レヴィは〝歓迎〟してあげないの?」

「だ、だれが……」

「ダダン君かわいそー」


 煽りに乗っかって、俺もがっかりした顔を作ってみせる。

 ――――昨日くすぐられた仕返しだ。困れ困れ。

 逃げ場を失ったレヴィは、口先を尖らせた。


「……おでこか、ほっぺ。……それでいいんでしょ……」

「他の子と同じ場所でいいの?」


 レヴィの悪友が更に囁く。

 ――――俺はもう、至る所にキス攻撃を受けている。

 それ以外の場所なんて、一つしか残ってない。

 レヴィにもそれが分かったのだろう。

 彼女の顔は、みるみる赤面を極めた。


 潤んだ瞳で、ぐっ、と体を寄せてくる。燃えるような羞恥心が、こちらの肌にも伝わる距離。

 柔らかな花唇が、俺の唇へ――――。


「――――なぁ、レヴィ。……からかわれてるの、多分、お前だぞ」

「え?」


 はたと我に返るレヴィ。

 周りを見渡せば、ニヤニヤとこちらを眺めるロリ妖精共。

 採掘大会のキスシーンをもう一度、特等席で見物してやろう、という魂胆が透けて見える。


「チッ。あとちょっとだったのに」「ねー」「職場に男を連れ込んで、マウストゥマウス……未遂!」「うしし。レヴィが女王になっても、これで100年弄り倒せるね」「え。チューは? チューしないの?」


 レヴィはわなわなと震え、杖を抜いた。


「……あんたたち、全員ぶっとばしてやるぅっっ!!」

「やべぇっ、レヴィがキレた! 逃げろ!」

「待ちなさい! セレス・オルタス・ムンドゥース――――」


 ――――降り注ぐ流星群。

 凄まじい光と音の虚仮威こけおどしに、ドタバタとハシャギ回る少女達。

 俺の異動先は、初日からぶっ壊れそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る