魔人『ノーラ』


 魔人ってことは曝いた。

 問題はどれほどの危険人物かってことだ。このちょこんと座る奴隷ちゃんが。


「さて、嘘はつくなよ? お前さん、どんな罪を犯した?」

「何もしてない」

「即答か。……だったらどうして奴隷になったんだ?」

「…………」

「黙るな」

「……いー――――」

「いーって言うな」

「……ろー――――」


 なるほど。どうやらこいつは頭が良いらしい。レヴィの倍くらい。


「他に理由があるとすれば、〝ルディクロ〟だからか」

「……なんのこと」

「異能を見せた後でしらばっくれても無駄だぞ。……紋章も確認したしな」

「え……?」

「ああ、全く感謝して欲しいね。汚れ拭くの大変だったんだぞ。お前ホント臭くてさ、100日ぐらい風呂入ってなかったんじゃないかっていう――――」


 ――――メキョッ!


 と、顔面に石版がブッ刺さった。

 耳を真っ赤にした奴隷少女が、手近なものをブンブン投げつけてくる。


「今のはダダンが悪い!」


 レヴィまでそんなことを言い出す。

 この場に味方は居ない。堪らず退散した。




 やがて嵐が止む。

 仮眠室を覗き込めば、ぜぇぜぇとへたり込む奴隷の姿。


「病み上がりで無茶するからだ」

「…………うるさい」

「……仕方ないだろ? 体拭かなきゃ薬塗れないし」


 奴隷は省エネな攻撃法に切り替えてきた。目力だけで不平を訴えてくる。


「だってお前臭かったし、不衛生だし、そのままにしてたら破傷風に……。なんだよ、事実だろ」

「ダダン、ちょっと黙って」


 レヴィが俺を退かして、奴隷の前にしゃがみ込んだ「……怖い顔しないで。少しお話しましょう」


 その朗らかな笑顔に、奴隷は小さく戸惑いを浮かべる。


「ゴブリンと、話すことなんて……」

「あたし達はゴブリンじゃないわ。ドワーフって言うの」

「……どわーふ?」

「そう、ドワーフ。聞いたことない?」

「……土の中に住む?」

「そうそう」

「……石を囓って暮らす、小さな人達」

「うん。まあ、そうね」

「……粗末な格好で気性は荒く、とても野蛮な小鬼……」

「あんたの里の教え、おかしいんじゃない?」


 大体あってるだろ、と横から茶化すと、今度は俺が睨まれた。


「……ここは、どこ?」

「ドワーフの里よ」

「どうして私をさらったの?」

「皮を剥いで食べるためだ~、げっへっへ~!」


 レヴィに小突かれた。ジョークなのに。


「ダダンの言うことは聞かなくて良いからね!? ていうか掠ったんじゃないわよ! 助けてあげたの!」

「……手当てには、感謝する。……けど、もう戻らないと」

「そうよね。お家に帰らなきゃ……」

「違う。仕事場」

「えっ?」

「……良い子にしてたら、お父様が迎えに来てくれる。そういう約束」

「ダメ。あんなところに戻ったら、またたれるわ」

「……私が、ちゃんとできないから、悪い」

「死んじゃうかもしれないのよ!? あんなこと続けてたら……!」


 必死な説得にも、返答はない。

 鉄球の付いた足枷をじゃらりと鳴らして、部屋を出て行こうとする奴隷少女。

 レヴィは引き留めたが、すぐに振り払われる。


「迎えなんて来ないぞ」


 少女は足を止めた。こちらを向かず、押し黙る。


「自分でも分かってるんだろ、本当は」

「……、……違う。……私がまだ、良い子になってないから」

「仲間が解放されたことはあったか?」

「…………」

「一度もなかったろ」

「…………」

「それが答えだ。人間・・があんな場所に落とされた時点で、死刑と変わらない。捨てられたんだよ、お前さんは」

「……お父様は、迎えに来る」

「かもな。――――良いルディクロは死んだルディクロだけだ。そういう考えの持ち主なら、葬式ぐらいは――――」


 歯を食いしばり、飛びかかってくる少女。

 足枷でバランスを崩した彼女に押し倒された。

 握り固めた拳は振るわれることなく、代わりにポタポタと雫が降ってくる。

 馬乗りになった彼女は、表情をさほど変えずに泣いていた。

 ――――それが〝良い子〟の本心だってことは、俺にだって分かる。


「……なん、で……」


 溢れ出る涙に戸惑っていたのは、他ならぬ彼女自身だった。

 一度堰を切ったそれは、手で押さえても止まらない。

 強気で冷淡に取り澄ました顔が、ぐずぐずとふやけていく。

 それを隠すように彼女はうずくまり、泣き声を人の胸で押し殺す。

 後ろ髪を撫で付けると、胸への震えは一層大きくなった。


「もういい。良い子なんかに目指すな」

「何も……、何も知らないくせに……っ」

「ああ、何も知らない。お前さんの名前さえな」

「…………」

「……教えてくれ」

「どうして、知りたいの、そんなこと……」

「……名前を聞くのに理由がいるのか?」


 少女はぐずぐずとしゃくり上げていたが、やがて観念したように呟いた。


「……ノーツ・グラブハイ」

「ノーツ?」

無価値な蛆虫ノーツ・グラブハイ、私達は皆、そう呼ばれてる。……お墓が一つで済むように」

「本当の名前は? 奴隷になる前の」


 首が横に振られる。それ以上の言葉は出てこない。


「……俺は、嫌だな」

「……」

「だから、そうだ。……ノーラ、って呼んでいいか?」


 きょとんとする奴隷の少女。ノーラ、ノーラと確かめるように口ずさみ、ほんの少しだけ口の端を上げた。


「……変なの」



 緊張が緩むとノーラの腹が鳴った。

 ぐぅぅぅ、きゅるるるるるっ、と盛大に。

 ノーラの顔が、途端に赤く染まる。


「……私じゃない」

「ぷっ」「ふふふっ。何か食べ物持ってくるわね。ノーラ・・・のために」

 レヴィは部屋の外に駆けていく。


「さて。成り行きとは言え、今は俺がご主人様なんだ。そう呼んでも構わないぞ?」

 俺を尻に敷く少女は、間髪入れずに舌をべーっと突きだした。

 ――――こいつを手懐けるのは、一筋縄ではいかなそうだ。



「じゃじゃーん! お待ちどおさま!」

 程なくしてレヴィが戻ってくる。

 香ばしい湯気の立ち昇る器を受け取り、ノーラは小声で礼を言った。

 すぐ食べ始めるかと思ったが、匙を握ったまま固まってしまう。


「……これ、なに?」

「砂!」


 そうか、レヴィは知らないな。


 ――――人間様は砂を喰わねぇのだ。意外なことに。

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