白い奴隷を意のままに


 泥を拭き取られ、真っ白に剥かれた奴隷少女へ、軟膏を塗っていく。


 ミミズ腫れの刻まれた背中、傷だらけの手足。

 ドワーフの秘薬を使えば、立ち所に血が止まる。痛みが引く。


 清潔なボロを着させて暫くすると、少女は目を覚ました。



「…………ご、ゴブリン……!!」


 開口一番、俺を見て後退あとずさる。

 ――――ゴブリン?

 ゴブリン。そうか。ゴブリンと来たか。


「げっへっへ~。食べちゃうぞ~」

「ちょっと?! 怖がってるでしょ!?」


 レヴィに小突かれる。

 が、お構いなしに詰め寄った。怯える奴隷に両手を振り上げる。


「どこから喰ってやろうかぁ! 足からボーリボリ喰ってやろうか! 頭からバーリバリ丸かじりに」

 やめてっ、と言いたげに手を翳す奴隷。その側頭に、ニョキッと角が生えた。


「――――『罪と罰の天赦アゼルズ・ミメーシス』ッ!」


 奴隷が叫んだ途端、衝撃に見舞われる。

 ズガガガガッ、と十七発、一気に叩き込まれて吹き飛ぶ俺。

 空気砲か、真空刃か、――――打撃とも斬撃とも付かぬ衝撃に、一瞬でズタズタのボロ雑巾。何も見えなかった。


 ――――こいつは大当たりだ!


 やはり魔人! 俺の目に狂いはなかった!

 歓喜に震えながら、壁にドガッと打ち据えられる。


 ほんとスゴい。予備動作なしの攻撃なんて。お兄さん、びっくりです。


「よ、よぉし……、良い子だ。その場を動くなよ。……ちょっと……待ってろ……」


 なんとかそれだけ言い残した。




 意識が戻ったのは、どれほど経った後だろう。

 目を覚ました俺に対してゴチャゴチャ言うレヴィに対し、奴隷の少女はちょこんと座って待っていた。

 本人も「どうして律儀に待っているのか」不思議な様子で。


 これには仕掛けがある。

 呪いだ。

 俺が掛けたわけではなく、彼女に元から掛かっていたものを書き換えた。


 レヴィの紋章にそうしたように、魔力の流れを視れば、『足枷』がマジックアイテムであることはすぐ分かった。


 十中八九『命令を強制させる』代物だろう。

 でなければ、こんな危険な奴隷相手に、鞭を振えるはずがない。


 民俗学の知識として、メジャーな呪詛は二通り挙げられる。

 足枷に『隷属者の真名』を刻み、存在を縛るものか、『主の真名』を刻み所有権を主張するもの。

 元の名前が「マハシム・アルマーズ」と男性名のようだったので、二分の一に賭けてみた。

 結果はこれ、この通り。

 奴隷は新たな主・・・・の言いつけを守り、大人しく座っている。


 もはや彼女は意のままに操れるのだ! げっへっへっへっへ!



「よーし、奴隷よ! まず名を名乗れ!」

「……嫌」


 ん?


「俺の手当てをしろ」

「嫌」

「レヴィ……いや、このバカを引き剥がせ」「バカってなにさ!」

「嫌」

「……逆立ちしろ」

「嫌」

「……ご主人様と呼べ」

「絶対に嫌」


 あれあれ? おかしいぞ? 全く命令を聞いてくれない。


「じゃあ、そのまま動くな」

「嫌」


 ――――と言いながらも動かない。

 頭を撫でてみると、露骨に憮然としながらもされるがまま。


「どうしたー? 嫌じゃないのかー?」

「…………」


 あごをくすぐっても同じ。彼女の機嫌は更に悪くなる。


 足枷の効果がなんとなく分かった。

 これは、何かを強制させるのではなく、禁止や束縛だけを命じられる、外見通りの『枷』のなのだ。


「俺に能力使うの禁止な」


 試しにそう言って、嫌がりそうな場所に触れてみると、プルプル震えながらも抵抗してこない。仮説は実証された。

 ――――と、同時にレヴィの拳骨が落ちた。


「このスケベッ!」

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