泥にまみれた真価


 機材の間を抜け、仮眠室へ。背負ってきた幼子を藁布団に寝かせる。


 治療薬を塗りたかったが、それ以前に悪臭が酷かった。

 泥と汗と排泄物で熟成された激烈なアンモニア臭、コウモリの糞が100倍マシと思える日が来るなんて感動的だな。


 湯水で体をぬぐってやる。その最中、ふと気付いてしまった。男子なら当然付いているはずのものがない、と。

 汚泥の下は陶磁のような肌。筋肉の薄い柔らかな体付き。


 女の子だ。


 しかし驚きはすぐ上書きされた。


 ――――こいつは、とんでもない地雷か、予想以上のお宝かもしれない。


「この足枷、外せないわね……」

「やめろ、レヴィ。絶対に外すな」

「どうして?」

「……やはり大量殺人鬼かもしれない」


 泥の下から現れた、赤い紋章・・・・を指し示す。

 おへそを囲んで下腹部に伸びる幾何学模様。

 レヴィも、はっと息を呑んだ。


「……ルディクロ!?」


 ルディクロとは魔獣の幼体。彼らは体内に化け物を飼っている。

 時期が来るまで人と見分けが付かないが、ある日を境に人殻じんかくを破り、魔獣に成り代わる。

 そうなれば家族友人恋人すら、エサでしかない。


 里を壊し、駐在騎士団を全滅に追い込んだのは『大蛇のルディクロ』だった。


「……この子も、ジェイドみたいに変身するの?」

「ルディクロは、子供の内は人と変わらない。なんなら老衰するまで発症しない奴だっているぐらいだ」

「だったら――――」

「でも、鉱山奴隷に堕ちてる」


 見た目は俺達と同じぐらい。

 人間の8歳は8歳だ。重罪を犯すはずがない。

 だがルディクロならどうだろうか?


 彼らの中には人殻じんかくを保った内から、力の一端を行使できる希少種がいる。元の世界では『魔人』と呼ばれていた。

 異能スキル持ちであれば年齢は関係ない。

 大量殺人や、その他の罪を犯すことも可能だ。


 そう説明するとレヴィは蒼白になった。


「……ど、どうしよう。返してきた方が良いかな」

「冷たい奴だな、お前」

「だって! みんなが危ないかもしれないんでしょ?」

「……可能性の話だ」


 魔人は稀少だ。

 偶々見かけたルディクロが魔人、なんてことは、まずありえない。

 しかし、この幼さで鉱山奴隷に落とされたとなると事情は変わってくる。

 子供の奴隷には、もっと効率的な稼ぎ方があるにも関わらず、だ。

 よほどの危険人物か、或いは人目に晒せない事情でもあるのか――――。


 ――――どちらに転んでも、こいつには価値がある。


 恩を売り、手懐けられれば儲けものだ。

 ここからのし上がる、その為の足がかりにしてやろう。


「うわっ、ダダン。……なんて悪い顔してるの」

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