鉱山奴隷 ~命の錬金術~
「きゃ――――……んもぐっ?!」
レヴィの悲鳴を塞いで抑えた。
俺が人間を警戒するなど、おかしな話だが――――。
――――少なくとも友好的な人種には見えない。
「こんなんじゃ足んねぇぞ! オラァッ! キリキリ働け! ――――出来の悪い奴は間引くからな!!」
松明を握った
鉱夫の手が遅いと見るや、その背に鞭を打ち付ける。
連中と鉢合わせないように進む中、そんな場面に幾度も出くわした。
「……ひどい。……こんなの、ひどいよ……」
心根の優しい少女は、目にした光景に耐えきれず感情を溢れさせていた。
いつもの強がりが見る影もない。
「……ねぇ、ダダン。助けてあげようよ」
「やめた方がいい」
「……なんで? どうしてそんな冷たいこと言えるの?」
「一場面だけ切り取って、どっちが悪い奴、なんて決められないだろ」
「そんなの決まってるわ。痛い思いして、可哀想でしょ……!?」
「よく見ろ。みんな枷を付けてる。逃げないように」
「……それがなに?」
――――鉱山奴隷だ。こいつらは。
よほどの重罪人でもなければ、なりえない。
奴隷というのは一般にイメージされるほど扱いは悪くない。所有者にとっては羊や牛より価値のある財産なのだから。長持ちさせなきゃ丸損だ。衣食住は保証され、場合によっては結婚も可能だったと聞く。
人と区別されはしたものの、能力があれば重宝され、家庭教師を任される奴隷もいた。
後世に名を残したイソップ童話の作者も、出自は奴隷である。
だが物事には例外が付きものだ。
鉱山奴隷もその一つ。
酸素の薄い暗闇で、鉱物から発生する有毒ガスを吸いながらの重労働。生傷は絶えず、満足な治療も受けられない。
そのあまりの過酷さ故、平均寿命は、たったの3ヶ月。
損得勘定の出来る奴隷主なら、そんなところに大切な財産を投じたりはしない。
では誰がやるのか。
使い捨てにして良い命だ。
――――重罪人か戦争捕虜。社会では危なくて使えない奴隷が、この地獄へ送り込まれ、金銀に変換されている。
それが鉱山刑。
強制労働のくっついた合理的死刑である。
「……あの子も、そうなの?」
レヴィが指差した先、幼い子供がうずくまっていた。
泥まみれのくすんだボサ髪。
俺達の格好がマシに見えるほどボロボロの衣服。
背中にはミミズ腫れが覗いていて、そこへまた、鞭が打ち据えられる。
見張りの怒声に急かされ、落とした鉱石を掻集める。
次の瞬間サッカーボールのように蹴飛ばされ、幼い体はくの字に曲がった。
転がる体が何度も踏みつけられる。
――――ドォンッと、凄まじい衝撃が坑内を吹き抜けた。
「ガスだ! 崩落するぞ! 退避ッ! 退避ーッ!」
悲鳴と共に泡を食って逃げ出す監督官達。
ガス突出は熟練者ほど恐ろしい。生き埋め、窒息、毒ガス、丸焼き……死因は山のようにある。すぐにその場を離れるのが正解だ。命は一つきりなのだから。…………例えそれが、
「……すごい。ホントに追っ払っちゃった」
「だろう? なにせ俺は世界一、……なんて言ってる場合か。すぐ戻ってくるぞ。早く運ぼう」
「そ、そうね!」
・
・
・
置き去りにされた幼子を背負い、里まで帰ってきた。
緊張の糸が切れたのだろうか、目覚める様子はない。
「待って。誰か来る」
先行するレヴィが、こちらに手の平を向けてささやく。
岩陰に隠れてやり過ごした。
ドワーフの里は他種族の立ち入りを禁じている。その為に関所があるほどだ。
早く人目の付かないところに移動しなければ。
自宅が使えれば簡単だったのだが、俺達の住居は部屋単位。――復興で多少はマシになったものの――まだプライバシーはないに等しい。とても匿えない。
「レヴィの部屋はどうだ? 族長の家なら部外者は近づけないだろ?」
「……ううん。お手伝いさんが
「衛生面で不安だな。傷口から感染するかもしれない」
うーん。と考え込む声がハモった。
「……やっぱり返してくるか。元居た場所に」
「それはダメ」
強い眼差しで、ぎゅっと腕を引いてくる。こうなったら梃子でも動かない。それが分かるほど長い付き合いになってしまった。
確かに、みすみす手放すのは俺も惜しい。
「仕方ない。……レヴィの口の硬さ、信用していいよな?」
「もちろん! ダイヤモンドだって噛み砕けるわ!」
「物理的な意味でなく」
背に腹だ。
やや不安を感じるが、弱みを一つ晒すことにした。
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