里の外側


「さぁ、騎士隊長さん。出口までエスコートしてくださる?」

「今泣いた子猫がもう笑う」

「なっ、泣いてないし!」


 ここから先、出口までは16階層。

 昔、関所で盗み見た古地図によれば、複雑に入り組んだ立体迷宮が待ち受けている。


 熟練の冒険者であっても地図なしには攻略不能の天然ダンジョン。

 ダダンはその全貌を、目を瞑るだけで思い描ける。――――それができるようになるまで何度も捕まり、繰り返し地図を読み込んだ。


 ここまでやっても最短ルートは辿れないだろう。

 アリの巣めいた坑道では、落盤や火山ガス、地下水の発生は日常茶飯事。使える道は日々変わる。

 簡単な道のりではない。



「ここも行き止まりか」


 里から離れるほど、荒涼とした空気が立ち籠めてくる。

 レヴィは身震いし、鳥肌の立った体をすり寄せてきた。


 暗く狭く、ジメジメした穴が続く。

 坑道とは本来そんなものだ。

 だが、里で暮らしていた二人にとっては違っていた。


 彼らは幻想の揺り籠で育てられた。

 至る所から顔を出す蛍光石。一面に生え広がるヒカリゴケ。行燈あんどんキノコ。気まぐれな夜光蝶。それらがふんわりと照らす地底世界には、ワンダーランドのような愉快さがあった。

 童話に記される妖精郷だ。


 しかしここは里の外側。

 蛍光石の明かりがパタリと途絶え、一切の温かみが感じられない。

 『冷たい現実』が重厚に横たわっている。

 表層に向かってるはずなのに、深海に潜っていくような不安があった。

 あのお転婆娘さえ人の服をはっしと掴んで離さない。


 少年が握り締めるのは、蛍光石を詰めたランタンだ。

 出発した頃はそれなりに強力だった灯りも、里から離れるにつれてジリジリと弱まり、点滅を繰り返すようになる。

 それが尚更レヴィの不安を煽った。

 

 暗い地中では五感も狂う。

 四方の壁が迫ってくるように錯覚し、パニックに陥る者も多い。

 空気の薄さが首を絞められるような息苦しさに変わり、過呼吸を引き起こし、動けなくなるのだ。

 そんな場所で一握りの理性を保っていられるのは、二人がドワーフだからだろう。

 強い呼吸器と皮膚、暗闇でも効く両目、低い天井でも屈まず進める矮躯わいく

 これほど鉱山に適応した人種はおらず、そのアドバンテージを持ってすら辛い環境だった。


   ・


   ・


   ・



 二人分の呼吸音しか聞こえない真っ暗闇。

 そこへ微かに、カーンカーンと石を打つ音が聞こえてくる。


 ありえないことだった。


 関所より先で採掘するドワーフはいない。……いない、はずだ。

 音が次第に近付いてくる。

 闇に浮かぶオレンジの蛍火。

 松明に照らされていたのは――――初めて見る人間族トールマンの顔だった。

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