迷子の迷子の子猫さん


「怖くない……。怖くない……。怖くない……」


 大きな石をひっくり返したことはあるだろうか。

 その下で虫を見たことは?


 ゲジゲジ、ミミズ、ダンゴムシ、得体の知れない幼虫の群れ。


 ミステリア山脈という巨大な置き石の下では、そのスケールも数千倍。

 身の丈ほどの虫達が、ヒソヒソ、キシキシと蠢いている。


 レヴィが足を踏み入れたのは、そんな場所だ。

 少年から永久に借りたランタンを掲げると、蟲の群れが照らし出される。


「ひっ……」


 泡を食ったのはレヴィだけではない。

 出し抜けに起こされた蟲達は、光を嫌がり、ゾッと動いた。

 まるで黒い波のように、壁や床を一斉に流れていく。


「――――きゃああああああっ?!」


 少女の素足に、ムカデの細やかな節足が当たる。思わす壁に手をつくと、そこにもまた蟲。


「ふぎゃああああっ?!」


 レヴィは半狂乱になって逃げ出した。



 そして気がつけば真っ暗闇の中。

 レヴィは動けなくなっていた。

 あの騒ぎでランタンを取り落とし、前にも後ろにも進めない。


 一歩先には、あの気持ちの悪い虫が這っているかもしれない。――――そう思うと足が竦む。

 いつもは気に留めない光のありがたみを、レヴィは嫌と言うほど噛みしめていた。


「だれか、だれか……きて……」


 えぐえぐと、涙まじりの声を漏らす。


「ママ……、おじいちゃん……、ダダン……」


 震える少女の肩が、つんつん、と突っつかれる。

 振り向けばそこには――――ぼやぁっと光る生首。


「ばぁっ!!」

「ぴぎゃあっっ???!!!??」


 ピンク髪が一瞬で逆立った。

 腰を抜かしたレヴィへ、笑い声が降ってくる。


「ははは。俺だよ俺」

「だ、ダダン――――! ……お、脅かさないでよっ」

「怖かったか?」

「ぜ、全然? ……怖くないし。一人でも平気だったし」

「その割には――――泣いた跡が見えますけど? お嬢様」

「ふぁっ?! や、やめっ、照らすなっ! 見るな! このすけべ!!」


 あれほど恋い焦がれた光を避けるように顔を覆うレヴィ。

 ぐしぐしと目を擦って、証拠を隠滅する。

 そんな彼女へ手を差し伸べながら、少年は微笑んだ。


「……もう帰るか?」

「やだ。ここまで来たら、外まで行くの」

「無理しなくていいんだぞ」

「平気。もう怖くないもん」


 ――――あなたと一緒なら。

 尖らせた唇から、その言葉が出ることはない。

 ただ差し伸べられた彼の手を、レヴィはしっかりと握り返した。

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