本物の星空が見たいの


「あたしも連れていって。――――本物の『星空』が見たいの」


 レヴィはそう言って母に縋り付いたが、にべもなく振り払われる。


「ダメ」

「どーして?!」

「……お外はね、危ないから」

「本物の空を見たら、もっとすごい魔法が使えるようになるかもしれないのよ。ママみたいに!」

「……、……それは、どうかなぁ」

「ちょっとだけでいいから!」

「いけません。レヴィにはまだ早いわ」

「ママのケチンボ! 寝ぼすけ! 大酒飲み! ビール樽!!」




「……怒りんぼ」


 その日のレヴィはずっとブーたれていた。真っ赤に腫らした両頬を摩りながら。


「ママは子供扱いしすぎなの、あたし達のこと。ドワーフは6歳で成人でしょ? 大人として働かせるなら、大人の権利もあるべきだわ。そう思わない? ダダンも」

「同感だね」

「でしょう? ほんとに酷いの。12歳まで待て、だなんて。いま8歳だから、あと……あと……」


 両手の指で足りず、足も使って計算するレヴィ。

 片足を上げると、しましまパンツがちらりと覗くが、本人は気付いていない。大人の要素はどこにもない。色んな意味で。


「あと8年もあるじゃない!」

「4年な」

「……どっちにしても長いのっ」


 ベンチから、ぴょんっと跳ねて、こちらの手を取った。


「ねぇ、今からちょっとだけ、見に行きましょう」

「どこに?」

「地上に! ――――あんたも行きたがってたでしょ?」

「立場上、止めなきゃならない」

「……うらぎりもの」


 レヴィは苦々しい一瞥いちべつをくれ「あたし一人でも行くからね」と駆け出した。


 ――――困った奴だ。


 少年はニヤリと口元を歪めた。

 結局、レヴィは自分から「鉱山脱出」を思いついてしまった。


 護衛騎士としては見過ごせない。

 あとからこっそり追いかけて、適当なところで〝保護〟することにしよう。

 その途中、間違って・・・・地上に出るかもしれない。偶然・・、街を見物するかもしれない。


 業務の範疇だ。

 やれやれ全く、仕方がないなぁ。



 少年は諸々の発明品をバッグに詰めた。

 ――――仮にこのまま、二度と戻らなくても大丈夫。

 外界で生計を立てる算段は付けてある。……山を捨てる予定はないが、念のためだ。


 悠長に荷造りしている暇はあるのか?

 もちろんある。


 レヴィの使えるルートは、一つしかない。


 以前レヴィに引き止められた例の抜け穴を、今度はレヴィを追うために使う。

 関所をスルーし、山の外へ続く坑道に乗り入れた。


 地面に目を凝らすと、歩幅の小さな真新しい足跡が、坑道の先まで点々と続いている。


 ――――可愛いぐらいに単純なお姫様だ。

 ゆっくり辿っていくとしよう。

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