逆襲のJ


 昨日に引き続き、魔法を練習していたレヴィが、大きく的を外す。

 流れ弾は作業台に屈む少年の頭を掠めた。


「ちょっ、危ねっ?! ハゲたらどうする――――」


 顔を上げた先で見たのは、若い男に組み付かれたレヴィの姿だった。

 ぶんぶんと杖を振り回し、あらぬ方向へ流星弾を連射する。


 絡み付いたドワーフは、そんな状況でも離れない。

 生気のない青白い顔に、グロテスクな血管の隆起。まるでゾンビのよう。

 マジマジと見て、やはりゾンビと確信する。


「――――ジェイド!?」


 あの事件の日から行方不明で、大蛇に食われたものと思われていた。

 二人が死人の名を叫ぶと、硬直した表情筋がピクピクと動き、口角が歪に吊り上がる。


「ヒャハ! ハハハ! そうダ! 俺だ! わかるか、この姿になっても!」

「いや! 離して!」

「離すものか! 俺が王様になるンだ!」


 レヴィを羽交い締めにしたまま、蛇のように長い舌を少女の頬に這わす。

 ぬろん、とした感触に総毛立ち、悲鳴を上げるレヴィ。


「ヒッ、ヒヒッ! もう俺のものだ! 誰にも、誰にも渡さない!」

「誰が、あんたになんか……ッ!」


 杖から飛び出した魔法弾が、ジェイドの横っ面を撲った。

 羽交い締めは解けず、むしろ、一層強く締め上げられる。

 ジェイドの頬から隕鉄が剥がれると、そこだけ鱗のように変化している。

 まるで爬虫類人間リザードマンだ。


「痛ってぇなア!! クソアマァ!!」

「がっ?! ――――かはっ?!」


 レヴィの首が絞まっていく。ミシミシと骨が軋む。

 少女の体は宙に浮き、ジタバタと藻掻くがビクともしない。

 ジェイドの瞳は蛇のように変じ、嗜虐的に歪んでいる。

 ――――正気じゃない。


 ズダンッ!

 発砲音と同時に、ジェイドが吹き飛ぶ。

 少年は硝煙の薫る拳銃を握ったまま、崩れ落ちるレヴィに駆け寄った。


「大丈夫か!?」

「けほっ、こほっ。な、なんとかね……」


 ジェイドの方はどうなっただろうか。

 頭の吹き飛んだ人間の死体は、できることならレヴィには見せたくないが――――。


「――――デミ野郎ッ! いつもいつも邪魔ばかり! 許せねぇ!」


 幽鬼のように立ち上がるジェイド。

 大口径のマグナム弾を頭に受けて、なお健在。

 鱗に食い込む銃弾を摘まみ抜き、ゴキゴキと首を鳴らす。


「ここで殺してやる」


 まるで人外の挙動。少年はあっけにとられて動けない。

 見たままをそのまま受け入れるレヴィの方が、順応は早かった。


「やめて! そんなの、逆恨みじゃない!」

「逆恨み……? ヒハハッ! 穢らわしい足長にんげん共が、ドワーフ族になにをしたか。ガキのお前は知らんだろう」

「……なにを言ってるの?」

「俺は真実を知っている! なぜ俺達が屑石ぼたしか食えないのか。汗水垂らして採掘した石は、どこに消えているのか。なぜ粗末な服しか着られないのか。ドワーフの里を出てはならないのか……!」


 狂気に満ちた目で捲し立てるジェイド。


「全部足長にんげんのせいだ! 全部なッ! 俺達を土の中に押し込め、蓋をした! 真の自由は外にしかない! 這い出して、足長に思い知らせてやるんだ! 優れた種族はどちらか! 奴らを根絶やしにする! ――――そのために、王の椅子が必要だ! そのために、テリア様は選んだ! この俺を!」


 ジェイドは腕の紋章を掲げた。赫々かくかくと輝く紋章を。

 ――――鮮烈な赤。

 ――――獣を宿す烙印。


「――――ルディクロ……!!」


 少年は顔を険しくした。日頃の飄々とした余裕は消え失せ、それが尚更、レヴィを不安にさせた。


「なに、ルディクロ、って」

「……あの大蛇は、お前だったのか。ジェイド」

「ヒャハハハハ! そうさぁ! この力があれば足長なぞゴミ同然! 殺して殺して、殺しまくる! 俺こそが、ドワーフの解放者だッ!」

「……やめておけ。変身を繰り返せば、いずれ元に戻れなくなる」

「デミかす。テメーのハッタリは、もう効かねェ!」



 ――――ブチンッ、と人皮が爆ぜた。


 ジェイドの体が裏返り、爆発的に伸び上がる黒蛇。

 鋭角な頭部が天を突く。肉厚な胴が部屋を埋め、唯一の出入り口も塞いでしまう。


 二人を包囲して波打つチューブ。

 とぐろがグングン狭まってくる。レヴィは少年に縋り付いた。


「ダダンッ! なんとかして!」

「俺だってそうしたい!」

「あれやってよ! ドカーン、って!」

「この位置じゃ無理だ。向こうも警戒してる」


 前回グレネードランチャーが効いたのは、オバールが傷付けていたからだ。

 硬い鱗には弾かれてしまう。そうなれば爆風を諸に受けるのはこちら。

 柔らかな眼球に打ち込めば効くかもしれないが、射程が足りない。


「他に、他に手はないの!?」

「落ち着けレヴィ。お膳立ては整った」

「……作戦があるのね!? 流石ダダン!」

「昔、知り合いに聞いたことがある。――――魔宝使いは、ここ一番の窮地ピンチで成長するってな! 今がその時だ! よろしく頼む!」

「……あたし頼み!?」


 ええい、ままよ。と杖を構えるレヴィ。

 呪文を結んだ直後、ドドドドドッ、と飛び出す流星弾。

 まるで機関砲だ。

 反動で吹き飛びそうになる体を、少年が支える。


 ――――ここ数日で一番の出来。流石にこれは「やった」だろう。

 恐る恐る煙幕を見上げる。


 そこでレヴィは絶望を見た。無傷の大蛇という絶望を。


「う、嘘でしょ……。これが効かなきゃ、もう無理……」

「仕方ない。諦めるか」

「やだやだやだ! 諦めないでよぉ!」

「大変だったんだけどな、作るのは」


 追い込まれた二人へ、振り落とされる尻尾。

 仲良くミンチになる――――その直前、少年はプラネタリウムの機材を引き倒した。


 プラネタリウムを形作るキーデバイスは三つある。

 集光レンズに、恒星原板。

 そして、星図を天井に打ち上げるためのハイパワーな光源――――。


 ギチギチに詰め込まれた蛍光石が溢れる。


 閃光。


 ホワイトアウトする視界。

 大蛇は錯乱し、無茶苦茶に暴れるが、小さな二人には当たらない。

 崩れ行くドームから、二人の姿は消えていた。

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