魔法の代金
彼はダダン。転生者である。
その秘密は誰にも話していない。
話せるはずがないのだ。
殺戮兵器を売り捌き、世界を混沌の渦中に追いやった最凶最悪のマッド野郎などと。
歴史に名を刻んだ武器商人は、自らの正体に口を噤む。
そんな男が一人の少女のために、無償でプラネタリウムを作ったりするだろうか?
――――否。断じて否である。
ここにもまた、裏の目的があった。
初めて魔法を使えたあの日以来、レヴィは毎日練習に勤しんでいるが、成果の程は芳しくない。
魔法が出るだけで嬉しい期間は終わり、モチベーションにも陰りが見える。
そんな彼女の耳元で「もっと力が欲しいか」と囁けば、どうなるか。
偽物の星空を見ただけで、魔法が使えるようになったのだ。
本物を目にすれば、力は完全に開花するだろう。
重要なのは、これをレヴィ本人に思いつかせることだ。
彼女が一人で閃いて、勝手に地上へ向かえば、護衛騎士として放っていくわけにはいかない。
なし崩し的に地上に出られる。
一度外に出てしまえば「街で美味しいものを食べよう」とか何とか
あとでお叱りを受けるのはお姫様だけ。お尻が赤く腫れるのもお姫様だけ。
完璧なプランだ。
「なぁ、レヴィ」「ねぇ、ダダン」
声を掛けるタイミングが被った。
「……お先にどうぞ」「あんたこそ」
そうしてどちらも喋り出さない。
少年が更に促すと、レヴィはもじもじと体を揺すった。
「……えっとね」
「どした?」
「……あ、あのさ……。あたし、魔法を使えるようになったでしょ? は、半分ぐらい、ダダンのお陰で。……だからその。……お礼を、したい、というか。……しなくっちゃ……いけないわよね……?」
もにょもにょもにょ、と口籠もり、髪を弄る。
「お礼?」
「だからその……っ! ……あ、あ、あたしの初めてを、もらってほしいのっ」
プラネタリウムの中心で、レヴィはそう言い放った。
真っ赤に頬を染めて。
少年はピシリと固まる。自称・世界一の頭を以てして、意味不明な発言。
「いま、なんて?」
「なっ?! 何回も言わせんな……っ!」
「よく聞こえなかった」
「……あ、あたしの初めて、もらってってば!」
――――聞き間違いではなかった。
フリーズした思考を再起動し、目を閉じる。そしてタコのように口を窄めた。
これが答えのはずだ。
「ちっ、違うわよ?! なに考えてんの、このスケベ!!」
「……ああ、そっか、チューはもうしたもんな!」
「お、思い出させないで! あれはノーカン! ノーカンだから!」
二度目のキスは頬を掴まれて阻止される。
瞼を開けば、茹で上がったレヴィの顔が目の前に。
彼女はゆっくりと手を離し、小箱を差し出してきた。
「受け取って」
「どゆこと?」
「中身、見たら分かるから」
小箱を開けると、中身は空。事態は混迷を極めた。レヴィまで不思議そうな顔をしている。
「あれ? おかしいわね。ちゃんと入れたのに」
「入れたって、何を?」
「……あたしが初めて魔法を撃ったとき、出てきた石」
「おう。マジでいらねぇもん寄越すな」
「なっ!? なんで!? 初めての記念品でしょ!? ……ちゃんと大切に取っておいたのに。どこかに落としちゃったかな……」
「……ああ、いや。魔力だけで作ったものはな、時間が経つと消えちまうんだ。固定化するには別の技術がいる」
「……そうなの?」
レヴィの覚えた魔法は、小型の隕鉄を飛ばすものだ。
流星弾と言えば格好良いが、その実、パチンコ玉を弾く程度のものでしかない。
ドワーフの豪腕で石を投げつけた方が、ずっと強い。
閑話休題。少年はボロボロの的を指した。
「この的にも、弾痕はいっぱいあるけど、
「……ダダンが摘まみ食いしたんじゃなくて?」
「俺はそこまで食い意地張ってません。――――誰かさんと違って」
「なによぅ……。……むぅ」
レヴィは残念そうに息をついた。
「あたしの人生で、一番の宝物だったんだけどな……」
「……それは別に、消えてないだろ」
「え?」
「魔法を出せた瞬間のことは、俺もしっかり覚えてる。その思い出は、ずっと消えない。だから、まぁ、その――――なんだ」
「…………」
レヴィはきょとん、と目を瞬いた後、にまーっと深い笑みを浮かべた。
「……もしかして元気づけようとしてくれてるの?」
「ち、違ぇよ。俺はただ、間違いを訂正しただけで」
「えー? ホントに? ホントにそれだけ? 『思い出は、ずっと消えない』――――って。うふふっ! めっちゃ格好付けて――――むぐぐっ?!」
「うるせぇ。どーせこれが目的なんだろ! 大人しく食ってろ」
口に
「……
「ん?」
「あなたも、お話があるんでしょ?」
「……あぁ。でも、気分じゃなくなった」
少年は小さく笑って、ポケットに空の小箱をねじ込んだ。
それから不意に、レヴィの後方を見やる。
「あれ? ルチル様」
「ふぁっ?!」
焦ったのはレヴィだ。手に持ったおやつを口に隠し、一気に噛み砕く。
「ち、違うのよママ?! これは、つまみ食いとかではなくて――――」
振り返っても、誰もいない。
きょとん、とするレヴィの腋の下に、両手が差し込まれて。
こちょこちょこちょ♡ と。
「にゃひんっ?!?」
「お前ってズルいよな。こんな時ばっかり良い子ちゃんで」
「な、何!? 何の話!? ――――んひひひっ♡」
「ムカつくからくすぐっていい?」
「もう、くすぐってるじゃんか! ダメ! 絶対ダメ!! ぁははははっ♡ や、やめれっ、腋は、腋は弱いのっ♡ 弱いの、知ってる癖にぃっ!! いぎひひひひっ♡」
ただより高い物はない。
プラネタリウムの対価は、そのように支払われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます