御前試合 ~本当の強さ~


 御前試合ごぜんじあいは広い謁見えっけんの間をそのまま使って開かれた。

 赤い絨毯の先には完全武装したドワーフの若武者が立っている。


「そっちは鎧あり、こっちはボロ布。……このハンデはなんなんだ?」

「兵装には差があって当たり前。俺達は配られたカードで戦うしかない」

「……わかったよ」


 俺に渡されたのは剣一振り。刃を潰した念の入れよう。

 相手は鎧を着込んでいるというのに、これでどうやって降参を奪える?

 女王陛下はどうあっても俺の希望を潰したいらしい。


「さぁ、張った張った! 嘘か誠か蛇殺し〝ハーフドワーフ〟のダダン VS 近衛騎士のエース〝不死身〟のデリーの決闘だ! ――――誰かダダンに賭けてくれ! ギャンブルにならないよ! さぁ、張った張った!」


 こちらを囲み見るドワーフ達は、ここぞとばかりにお祭り騒ぎ。

 立会人は気にも留めず、俺達に形式的なおじぎを促す。

 開戦のラッパを合図に剣を構えた。


 やや雰囲気に呑まれた俺と違い、向こうさんからは凄まじい闘気を感じる。あまりの熱量に陽炎が見えるほどだ。

 何か、怒らせるようなことでもしたかしらん。


 そう考えて、昨日の採掘大会を思い出す。

 デリー、デリー。不死身のデリー。――――そうだ。聞き覚えがあると思ったら、俺が負かした奴じゃないか。

 つまりこれは、相手さんにとっても雪辱戦。



 ――――ダダダダダッ! ガキィンッ!!


 飛ぶように走り込んできた大剣をいなす。

 騎士らしき流麗さはどこにもない。力任せの一撃は超強烈。受け止めただけで腕が痺れる。

 まるで猛獣。

 大剣をハンマーのように振るってくる。

 これがドワーフ騎士なのか。


 生前、俺は科学者として独立するまで軍に属していた。一介の兵士だった。そこで叩き込まれた軍刀術が、こんな形で役に立とうとは。

 力任せの斬撃に、力で応じず技術で流す。


「こいつ、妙な構えを……」


 しなやなぎ雪折ゆきおれなし。


 中世の剣術が劣っているとは言わない。

『武術とはサイエンスである』と主張したのは、15世紀イタリアの武術家、フィリッポ・バーディだ。

 敵との位置関係、得物の長さ、攻撃の軌道を冷静に分析し、自分の身を守りつつ、相手を殺傷せしめる最適解を求めること。これが武術だと彼は説いた。


 幾何学きかがくの方程式を応用したこの理論は、のちにヨーロッパ最強と恐れられるスペイン式剣術に発展する。

 軍刀術とは、そんな西洋式剣術に日本の居合道を組み合わせたもの。


 極めて実践的なこの剣術は、みながイメージする直線的なフェンシングと違い、立体的に空間を使う。その歩法は円を描き、敵の攻撃を流し、間隙を突く。

 さながら竜巻に舞う木の葉の如く。


「……くそっ!! なぜ当たらない!!」


 当然だ。

 人体はその構造上、関節を軸にした円運動しかできない。

 動きの起こりから、刃の届く場所、届かぬ場所は決まっている。

 それを見極め、先を読む。故に幾何学の方程式。


 真に達人ならば、読まれないよう初動を隠す。

 手首を反し、拍をズラし、発勁はっけいを使い、大地の反力を用い、ありとあらゆる手段で複雑化させる。

 力任せの猪武者は単純だ。


 全ての式が出揃えば、あとは自然に解けてしまう。

 計算の分野において、俺の右に出る者はいないのだから。

 

 粘り強く柔らかな軍刀操法が大剣を掬い上げ、ついに筋力差をひっくり返す。

 体勢を崩したデリーへ、完璧な一太刀を浴びせて――――。



 ――――ガリリッ!!


 歯で受け止められた――――?!


 いや、喰われたのだ! 俺の剣が!

 咄嗟に退けば、俺の刀身には見事な歯形。――――きったねぇっ、こんなのありかよ!?


 今のは完全に一本だったろうが! 他のどこに打ち込めば勝ちなんだ!?


 蹈鞴たたらを踏む俺に、鎧武者の大剣が追いかけて来る。

 とっさに受けようとするが、欠けた刀身では耐えきれない。

 パキンッと剣を折られ、俺は大きく吹き飛ばされた。



「降参を勧める」

「――――いやなこった」


 拳銃を引き抜く。


「まさかそれが……」

「兵装の差だ。――――卑怯とは言うまいね!!」


 ダァンッ!!


 謁見の間に銃声が響いた。ドワーフ達は泡を食ってしゃがみ込む。

 デリーは身構え、大剣を盾にした。


 しかし、何も起こらなかった。



 次の瞬間――――グシャアアアアアンッと。

 大量の蛍光石を抱えたシャンデリアが、デリーを押し潰した。


 息を呑む観衆。

 これは不幸な事故ではない。

 奴がシャンデリアの真下に来たタイミングで、俺が吊り下げ金具を撃ち抜いた。狙いを悟らせないように跳弾を使って。


 シャンデリアを揺らして這い出ようとする不死身の男へ、銃口を突き付ける。


「降参を勧める」


 デリーは暫く、向けられた銃口を見ていたが、やがて静かに両手を挙げ、降伏を口にした。

 立会人が俺の腕を取り、大きく息を吸い込む。


「――――勝者、ダダンッ!」



 決闘を囲んでいた観衆が、わぁっ、と色めき立った。

 見知ったピンク髪が、ぴょんぴょんと跳ねるように、こちらへ飛び込んでくる。


「勝てるって信じてたわ!」

「うそつけ」

「……強いなら教えてよ。もうけ損ねたわ」

「おーおー、それは悪かった」

「……どうして今まで隠してたの? 不良に因縁つけられたって、返り討ちにできたんでしょ?」

「それを言うのは野暮だろ」

「教えてよ。気になるわ。――――もしかしてマゾなの?」

「だから。……買うだけ虚しい喧嘩もある」

「――……ふーん?」


 ニマニマするレヴィ。なんだその笑みは。どういう意味だ、こら。

 なんか恥ずかしくなってきた。


「ねぇ、ママ。これでダダンのお願い、叶えてくれるのよね?」


 レヴィが明るい声を投げかける。

 女王陛下は冷たいものでも食べたかのように、「うぅ~っ」と顔を顰め、遂に観念した。

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