科学の天敵


 盛況に終わった採掘大会の翌朝。

 レヴィとダダンは改めて呼び出しを受けていた。


 異様な量の金鉱石をどのように掘ったのか、極めて柔らかな口調で問われる。

 少年としては、ダイナマイトのことを話すつもりはなかった。

 適当に誤魔化してしまおうと。

 しかし、はたと思い出す。金鉱石を集めたり運んだりするのに必死で、レヴィへの口止めをすっかり忘れていたことを。


 案の定レヴィは得意になって話し始めた。

 幼なじみが如何に凄いかってことを、自分のことのように。


 合図と共に爆発して、その一撃でツルハシ千振りにも匹敵する採掘量。

 そんな魔法・・のような話。

 オバールは半信半疑で聞いていたが、レヴィの真に迫る様子に、ひとまず納得することにしたらしい。


 少年に確認すると、彼もあっさりと認めた。


 ダダンは当初、この山から逃げ出そうと思っていた。


 しかし、脱走のために山を調べるほどしくなっていた。

 ここは資源の宝庫だ。

 地下資源に魔法金属、天然の化学薬品。丸々抱き込めれば強力な地盤になる。みすみす手放すのは勿体ない。懐柔した方がずっと得だ。

 外界で生計を立てるプランはあるものの、亜人混じりが差別を受けるのは想像に難くない。この山に軸足を置き、王族と懇意になり、外交の許しを得る。物資さえ運び込めれば、ここは万全な研究所になりうる。

 だからここに残る。極めて合理的な戦略だ。


 生まれてから今日に至るまでの年月で穴蔵の住人にほだされたとか、別れるのが惜しくなったとか、そういう理由では、決してない。

 と、彼は自分に念押しした。


 残るのであればダイナマイトを提供するのはやぶさかではない。

 科学で皆が楽になり、食卓に並ぶ石も美味しくなり、自分の株も上がる。

 そんな打算から発破場所への案内も快諾した。



 19-283C鉱区。

 めぼしい金鉱石の取り尽くされた、かつての金脈。

 随所の壁がごっそり抉られ、その残骸が黒い土砂となって広い坑道を底上げしている。

 その光景を前にしたオバールは、がく、と膝を折った。

 ゲジ太眉に隠れた目を見開く。


 オバールは、まだどこかで子供らを侮っていたのだろう。

 年頃の少女がそうするように、レヴィも大袈裟に言っているのだと思っていた。

 岩一つ頑張って砕いたら、金鉱石がたくさん出てきた、ぐらいの話。

 そんな想像を遙かに上回るスケールで、事は為されていた。


「お、おぉ……」

「ねぇねぇ、オバール! すごいでしょ! これダダンがやったのよ! すごいでしょ!?」

「……だ、ダダンが……、本当に……?」

「そうなの、ダダンが――――」

「――――……なんという、なんということを……!!」


 ヒゲモジャは真っ青だった。

 いつも厳めしい筋肉達磨がガクガクと震える姿に異常を察し、レヴィも黙る。

 オバールは額を地面に擦りつけた。

 自身がめり込んでしまうのではないかと言うほど、深く、深く。


「申し訳ございません! テリア様! お許し下さい! まだ生まれて間もない子供のことっ、どうか、どうか、お許しを!」

「オバール……?」

「お前らも早く謝れ!」


 ――――どうしてこんな土砂なんかに。

 少年の呟きに、オバールはいきり立った。


「土砂じゃねぇ! テリア様だ!」

「テリア様って、お伽話の?」

「違う! 本当の話だ! この御山おやまは、テリア様なんだよ! 本当に! 土も坑道も、全部! 俺達はここから産まれた! 母親の体だ! それをお前、よくもこんなむごいことを……!」

「お前だって、もっと掘れって言ってただろ!?」

「限度ってもんがあんだろ!? 掘って良いのは必要な分だけだ! 見ろ! 未熟な銅までこんなに出ちまってる! 寝かせておけばいずれ金になったものを、可哀想に……」

「……銅が、金に……?」

「そうだ。埋め戻すぞ、全部」

「ハァッ?! ――――なんでだよ! そんなことしたって……!」

「採り過ぎれば枯れてしまう。増えた分だけ、そっと頂くんだ。……テリア様の恵みなしには、俺達も生きてはいけない」


 大真面目にスコップを動かすオバール。

 彼の理屈は科学の対極にあった。少年には理解できない。


「嫌だぞ、俺は! そんなことしたって埋蔵量は変わらない! 野菜の種じゃあるまいし! 埋めて育ったりするもんか! 採ってりゃいずれは枯れるんだよ!」

「……わかった、もういい。お前は何もしなくて良い」


 ヒゲモジャは黙々と土を戻し続け、少年達の方には二度を振り向かなかった。


 ・


 ・


 ・


「待ってよ、ダダン! どこ行くつもり!?」

「出てく」

「出てくって……?」

「この山をだよ。もううんざりだ。原始人生活は」

「山を下りたらいけないのよ!? 騎士団以外は!」

「知ったことか」

「……外には怖い人間族トールマンがいるって、お爺ちゃん言ってた」

「俺だって半分は人間族トールマンだ」


 レヴィはぐっと言葉を詰まらせて、それきり何も言わなかった。

 しかし追いかけて来るのもやめない。

 とうとう目的地まで付いてきてしまった。


「……お前は帰れよ」

「イヤ」


 その意志の強い眼差しに、少年はついに溜息を漏らす。

 彼は、自分でも気付かぬ内に、深く失望していた。

 原始人オバール達と仲良くやれるかもしれない、などと甘い考えを抱いた自分自身に。


 科学には天敵が居る。

 それが信仰だ。

 二つは相反し合わない限り、人類の良き道具・・であるが、一度喧嘩を始めると始末に負えない。

 信仰は時として良識の皮を被り、大衆に非合理の石を握らせる。

 どれほど文明が発展しようとも宗教は消えない。


 利便性に屈して歩み寄る時代も何度かあったが、それには膨大な時間が掛かることもまた、歴史が証明している。

 頑迷で長命なドワーフなら尚のこと。

 訳の分からない信仰を説き伏せ、科学を啓蒙しようと思ったら寿命が幾らあっても足りない。そもそも理屈が通じないのだ。


 これらを端的に纏めれば、失望。

 憂鬱に吹き飛ばす導火線に火を付け、レヴィの手を引いて下がる。



 外界に続く坑道には関所が設けられていた。

 屈強な門番が交代で常駐しているので、正面からの突破は難しい。

 通行を許されるのはドワーフ騎士団員のみ。

 ドワーフの里に物資を輸送する彼らだけが、山を下りることを許されている。


 関所破りを試みて捕まった回数は両手に余るほど「次やったら、子供とは言え注意じゃ済まない」と釘を刺されている。

 そのためにダイナマイトを作った。これが本来の用途だ。


 ――――関所を吹き飛ばそう、とか、職務に忠実な騎士をぶっ殺そうとか、そういう物騒な話ではない。


 少年は一フロア下の鉱区から、関所の先の坑道と重なる箇所に当たりを付け、ピンポイントで爆破した。

 天井の穴を潜れば、ビンゴ。一フロア上の坑道に乗り入れる。

 これより先にドワーフの関所はない。

 現在地から出口までは16層。迷宮のように入り組んだ坑道だが、捕まったときに関所で盗み見た地図は完璧に覚えている。


「待ってってば! お爺ちゃんに言い付けるわよ!?」

「達者でなって言っといてくれ。母さんにも」


 穴から顔を出すレヴィに手を振り、さて進もう、とした矢先、強い地震に見舞われた。

 これは自分の仕業ではない。

 一定の間隔で繰り返される地響き。


 なんだろう、と様子を覗った矢先。



「――――そこに誰かいるのか?」


 あらぬ方向から声が飛んでくる。

 関所の外を巡回していた騎士だ。名をダーマンと言う。幾度となく少年を捕まえてきた天敵でもある。

 少年は咄嗟に屈み、元来た穴に滑り込んだ。


「やっ、ちょっと、狭い……っ!」

「レヴィ、もっと詰めろ。お腹引っ込めて」

「……はぁっ?! ダーマン! ここよ! ダダンはここ! いま脱走しようと――――むぎゅうっ?!」


 裏切り者の口を封じる。

 と、裏切り者がお返しとばかりに脇腹をくすぐってきた。


「ふひっ?! おまっ、やめ……!」

「むぐー! もごもご……」

「何言ってるかわかんねーよ。……くひひっ?! ちょっ、くすぐったいだろ……?!」


 密着した状態では防御できない。

 声を漏らすまいとするダダンと、声を上げさせようとするレヴィの攻防は暫く続いた。


「ひひっ! くひゅひゅひゅひゅっ! お、覚えてろよ、お前っ! あはははははっ!」


 遂に根を上げるダダン。

 レヴィは勝ち誇るが、ダーマンは既にその場を離れていた。


「あら……?」

「……よーし、レヴィ。覚悟は良いか?」


 指をわきわきと動かす少年。レヴィは焦りを浮かべた。


「ま、待って……! なんだか様子がおかしいわ! こんなことしてる場合じゃない!」

「……お前が言うのか」


 言われてみれば確かに。

 地響きはまだ続いている。

 恐る恐る関所の様子を覗ってみれば、いつも二人一組で立っているはずの騎士団員がどこにもいない。

 忌々しいほど職務に忠実な彼らが、何故?

 堅牢な門は隙間なく閉ざされ、外からの来客を拒絶している。


「里で何かあったのかしら。……ヤな予感がするわ」

「不安なら戻ったらどうだ?」

「……その間に出てく気でしょ?」


 レヴィの問いに、少年は笑みを返すだけ。


「今日はお爺ちゃんもママもいないの。魔宝使いはあたしだけ。里を放っておけないわ」

「そんなら早く行ってやれ」

「けど、ダダンのことも放っておけないの!」

「……なら、二つに一つだ。どっちかは諦めろ」

「あたしは……」


 少女は言い淀み、不安げに門の向こうを透かし見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る