素晴らしき発明品 ~力を冠する悪魔の火~


 俺は世界一の天才。そして稀代の発明家だ。

 が、技術力とは社会基盤が伴って始めて威力を発揮する。

 原料の流通がなければ電球一個とて作れない。


 例えば「腕時計を作ろう!」と思い立ったとする。

 まずネジ、ぜんまい、歯車などの部品を揃える必要がある。これらを形成する上質な金属は、炉がなくては精製できない。炉を動かすには大量の空気が必要だが、洞窟で不用意に火を焚けばあっという間に酸欠だ。燃料は木炭が望ましいが、ドワーフと人間には複雑な制約があるため、外に出て木を切り出すことはできない。里にあるのは日常で使う分の木炭だけ。石炭をコークスにすれば精錬温度まで出せるが、今度はコールタールが発生する。毒性を持つこれを有効に処理するには蒸留塔がいるだろう。精密機器を弄るための工具やルーペも作らなくてはいけない。文字盤を覆うガラスを扱うならここでもかまが必要だ。


 ないない尽くし。

 同世代がハイハイを覚え出す頃、俺は手足もがれた気分だった。

 それから今日に至るまで、幾らかの設備は秘密裏にこしらえたものの、全く足りていない。


 生前の移動研究所が恋しくなってくる。

 あそこには何でも揃ってたし、どこにでも買い付けに行けた。


 ドワーフなら鍛冶場の一つも持っていて欲しいものだが、ここの男達が鉄を打ってる姿は見たことがない。

 削岩機やドリル、電動工具すら夢のまた夢。

 鉱山という閉じた世界は、俺の叡知を封じ込めていた。


 ――――が、全ての望みが絶たれたわけではない。



「臭……っ、なにここ……っ」

「コウモリの群棲地だ」

「こんなとこで何始める気よ」

「それは後のお楽しみ。……レヴィはここで待ってろ」

「嫌。あたしも行く」


 レヴィはちょこちょこと付いてくる。どぶ川のような臭いに鼻を覆いながら。

 鍾乳石のアーチをくぐった先、彼女は天井を見上げて固まった。

 ギラつく無数の目が、闇の中にびっしり。

 レヴィはそれを見つめ返し、ぎゅぅっと縋り付いてくる。


「ねぇ、ちょっと。……狙われてない?」

「そりゃ、美味そうな肉が迷い込んできたからな。……隙を見せたら血の一滴まで吸われちゃうぞ」


 言葉を失ってビクビク震えるレヴィ。


「……ぷっ。ははは。冗談だよ。奴らはフルーツバットだ。図体はデカいが、人は襲わない」

「お、お、脅かさないでよっ」


 突き飛ばされた。

 レヴィは赤らんだ顔を誤魔化すように、ずんずん先に進んでしまう。


「おい。危ないぞ!」

「もうその手には――――きゃあっ?!」


 大穴に足を取られ、泥の中へ倒れ込むレヴィ。その背中をかろうじて捕まえた。

 間一髪だ。


「……平気か?」

「だ、大丈夫。……どこも汚れてないわ」

「そうじゃなくて……。……足元には気をつけろよ。この辺、穴だらけだからな」

「……うん。ありがと」

「まあ、掘り返したのも俺だけどな!」

「今言ったお礼、返してくれる?」


 ジトッと睨んでくるレヴィ。

 しかし違うのだ。これにはちゃんとした訳がある。

 この場所には、力の種が眠っていたのだ。


「力の種?」


 別名、硝酸カリウム。

 糞尿と死骸が堆積した土には、バクテリアの働きで硝酸カリウムが生じる。


 条件さえ整えばどこでも発生するが、自然界で蓄積するケースはかなり稀だ。

 硝酸カリウムは、雨に溶けて流れ出し、植物の根に触れれば吸収されてしまう。

 蓄積は短い周期でリセットされ続ける。


 その心配がなく、定期的に糞尿が供給される場所。

 それがここ。コウモリの群棲地だった。

 ぱっと見、薄汚く不衛生な床全面が、実はバット・グアノと呼ばれる稀少な資源になっている。


 ここで掘り返した土を桶に入れて洗うと、硝酸カリウムが水に溶け出す。

 その水溶液に灰を混ぜて濃縮濾過し、長時間寝かせた物が、これだ。


 析出せきしゅつした結晶を取り出し、過去に製造したものと一緒に乾燥台へ並べる。


「……それなに?」

「力の種。――――硝石しょうせきだ」

「食べられる石?」

「……その食い意地には感心するよ」


 糞の結晶。そして黒色火薬の主原料。

 硝石:7に対し、硫黄:2、炭:1程度で合成すれば黒色火薬の完成。

 熱水鉱床がアホほど見つかるこの鉱山では、硫黄に不自由しない。

 あとは筒さえ用意できれば鉄砲でも大砲でも好きに撃てる。用意できればね。


 今行ったのは、古土法と呼ばれる硝石生産法で、戦国から江戸時代にかけて盛んに行われていたものだ。

 忍者はもっと昔から知っていたのかもしれない。

 天才にあるまじき無駄の多さという指摘はもっともだ。

 だが、道具が足りない状況なら原始的手段に頼らざるを得ない。


 ハーバー・ボッシュ法が使えるなら、俺だってそうしたかった。

 くっさいくっさい土、掻集めるの辛いし。混ぜるのも目に染みた。破傷風怖すぎ。

 でも1000度200気圧とか無理だからね。

 気密性保持できなくて大惨事が目に見えてる。


 さて、爆弾は作れた。

 原始人相手に無双しようというならこれで十分だが、坑内で使うとなると、まだよろしくない。

 黒色火薬では煙が出すぎるのだ。

 これを閉所空間でドッカンドッカンやろうものなら、みーんな御陀仏。


 次のステージを目指す必要がある。

 先程、道具はないない尽くしと言ったが、一つだけ最初に手に入った物がある。

 携帯式の蒸留セットだ。

 食い扶持に困った錬金術師が質に入れた物を、母が退職金代わりに受け取り、この山へ持ち帰ってきていた。

「インテリアにしたら頭良さそうにみえるでち」というなんとも頭の悪い理由だったが、まあいい。

 ガラスという素材は素晴らしいのだ。

 殆どの劇薬に対して反応せず、中身を保持しておける。

 気をつけなければならないのはフッ化水素酸ぐらいか。

 硝酸しょうさん硫酸りゅうさんを作る上で、ガラス瓶は欠かせない。


 硫黄と硝石さえ手に入ってしまえば、硫酸を作るのは容易だ。混ぜて燃焼させれば良い。

 硫酸が出来れば硝酸も簡単に取り出せる。

 今回は道具と材料の都合上、緑礬りょくばんを乾留させるが、終着点は変わらない。

 濃硝酸:1に対して濃硫酸:3。混酸が出来あがる。


 これに、石鹸を作る際に出る廃液グリセロールを加えれば硝酸エステル化。

 しかし慌てて一気に混ぜてはいけない。

 そーっと、そーっと……。慎重に、染み込ませていけば……。


 ニトログリセリ――――。


「ねぇねぇ!」

「んおぉぉぉぉっ?! あっぶねぇっ!!」


 急にレヴィが揺さぶってきた。危うく大爆発だ。


「いつまで遊んでるの? もう戻ろうよ」

「もう少しだ。あと少しで完成」

「早く早く! 早くして! 早く掘らなきゃ負けちゃうわ!」

「焦るな焦るな。『もし8時間、木を切るために与えられたなら、そのうち6時間、斧を研ぐのに使う』――――賢い人間とはそういうものだ」

「だから掘ってよぉ! 木なんて切らなくて良いから!」



 今が最も危険な時間。

 ニトログリセリンは非常に不安定な物質で、僅かな刺激でも爆発してしまうのだ。

 レヴィが焦れるのも無理はないが、我慢して欲しい。

 どっぽどっぽ混ぜよう物なら、俺達は骨も残らないだろう。

 発見された当初は、あまりの危険性に実用化は不可能と言われていたが、その不可能を可能にした男がいた。

 ノーベル賞の生みの親、アルフレッド・ノーベルである。


 彼は、ニトログリセリンを珪藻土に染み込ませると、爆発力を保持したまま安定化されることを発見したのだ。

 では俺もそうするか。

 答えはノーだ。


 先程の混酸を熱し、脱脂綿に染み込ませることでニトロセルロースを作る。

 これも爆発物だ。

 ニトロセルロースとニトログリセリンを更に混合してゲル化。

 ブラスチングゼラチンの完成だ。

 こうなれば高い安定性を持ち、ちょっとやそっとの刺激では反応しない。


 こいつはとても便利なので、用途に応じて様々な呼び名がある。

 黒色火薬と比べて煙が少ないので、無煙火薬。

 二つの火薬を組み合わせるので、ダブルベース火薬。


 しかし最も有名なのは、真っ赤な薬包紙で円柱状に形成した時の名称だろう。

 見た者は百人が百人こう呼ぶ。


 ――――ダイナマイト、と。

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