悪魔の地図

 ジェイド達は喜び勇んで金脈を掘っていた。

 ツルハシで叩いた端から金鉱石が転がり出るのだ。笑いが止まらない。

 ここは間違いなく最高品位の金脈だ。1t辺り数十gの金があれば最良、と評価される金脈において、既に5kg以上掘り出せている。といえば、その規格外も伝わるだろうか。


 ――――デミ野郎も少しは掘っていたようだが、こちらは三人。

 取り巻き二人が掘った物も、ジェイドの荷車に追加されるのだ。もはや誰にも追い越せないだろう。

 転がり出る黄金は、輝かしい未来への約束手形。

 三人は目の色を変え、ツルハシを振るっていた。


 だから気付かなかった。

 大きな岩を退けた拍子に、火山ガスがシュウシュウと漏れ始めていることに。

 緩い水蒸気に混じって充満していく水素とメタンガス。

 現代人はメタンを臭いものと思いがちだが、それは安全のために臭いを付けた都市ガスであったり、おならからの連想に過ぎない。

 本来は無味無臭なのだ。

 加えてここは熱水鉱床、卵が腐ったような強烈な硫黄の臭いがそこかしこで発生している。

 金脈から産出するのは金だけではない。金と結び付いた自然銀。脈石となる石英、カリ長石。そして――――黄鉄鉱。

 別名パイライト。『火』を意味する名の通り、古くから火打ち石として重用されていた。

 そこにツルハシを振り落とせばどうなるか。

 ――――パチッ、と火花が散る。

 その瞬間、充満したメタンガスが、カッと輝いた。


 ズドォォォォォォォンッ!!


 空気が一気に燃焼し、凄まじい爆轟が吹き抜ける。坑道が紅蓮に染まる。

 緩くなった壁が崩れ、支えを失った天井が崩落する。

 炎に包まれた瞬間、三人には全ての事象がコマ送りに見えていた。

 しかし逃げ出すことは叶わない。

 悲鳴の一音節を発すると同時に、土砂の中に飲み込まれていった。



 宝の地図には、鉱石だけでなく、その鉱区で発生しうる火山ガスや地下水、そこに含まれる化学成分の混合比率まで事細かに記録されていた。

 少年にとってはそれらも資源だったからだ。

 ではなぜジェイド達は可燃ガスに注意しなかったのか。


 金脈にはガスなしと書いてあったためだ。

 奇術師が自分のネタ帳に、死亡率100%の脱出マジックを混ぜておくのと同じ。

 真似した盗人が自ら破滅するように仕組まれた罠であった。



 騒ぎに集まったドワーフ達だったが、助け出すかどうかは迷っていた。

 神聖なイベントの最中であるし、彼らはテリア様を公然と侮辱した。元より鼻つまみ者である。

 スコップを手に取ったのはオバール一人だった。


 しかし崩れた土砂の中から金鉱石が見つかると、話は変わってくる。

 ドワーフ達は我先にと土を削り始めた。

 レヴィ達が戻ってきたのは丁度そんな頃合い。


 みな、そこそこの金鉱石を荷車に乗せ始めている。

 とりわけ人望厚いドワーフの元には、その何倍かの金が集まっていた。

 ――――今回のイベントは金鉱石が投票券なのだ。


 既婚者であっても、自分の支持する派閥が勝てば、その恩恵に預かれる。

 少し知恵のある大人であればすぐに手を付けることだった。

 反則と言えば反則だが、証拠は残らない。


 多少フライングしただけのダダンは、既に巻き返しを喰らっている。

 レヴィは少年の手を引いた。


「私達も早く集めなきゃ!」

「無理だろ、今から混ざったって」

「諦めないでよぉっ!」

「なんだよ、別に良いだろ? ジンクスは解消されたし、ジェイド達も退場した。あとは次に誰と踊ろうが」

「……でもさ、もしかしたら、神事の踊りしかカウントしないのかも……」

「わがままな奴……」

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