地獄変~それは音痴を集めたカラオケルームで強制労働する的な


「ラーォ、ララァオ、ラァラァラァ♪」


 ここは地獄だ。


「ひーとつ掘っては口に入れ」「ラーォ、ララァオ、ラァラァラァ♪」

「ふーたつ掘っては炉に焼べて」「ラーォ、ララァオ、ラァラァラァ♪」

「みぃっつ掘っては斧に変え」「ラーォ、ララァオ、ラァラァラァ♪」

「よぉっつ掘ったら石になる」「ラーォ、ララァオ、ラァラァラァ♪」


 ひっでぇ歌だ。

 地獄の底の更に下。男共の野太い歌声が反響してる。

 リズムに合わせてカーンカーンカーン、と鉱床を打つツルハシの音。

 頭が割れそうだ。聞いてるだけでアホになる。


「テーリアさーまのお恵みにー、あーせと筋肉捧げようー♪」

「ラーォ、ララァオ、ラァラァラァ♪」


 俺は6歳になった。

 大人に近い背丈まで育ち、大人と一緒に働かされている。

 ただし彼らほどの筋肉はない。


 ハーフドワーフの宿命だ。俺には人間の血が混ざっているため、純ドワーフほどの筋力が得られない。

 純ドワーフと一緒にツルハシを振えば、己の貧弱さを思い知る。

 輪から外れれば好奇の目に晒される。

 今日もまた、顔も知らない父親を恨み、その憎しみを鉱床へぶつける。


 我が子を母親一人に押しつけて郷里に帰すなんて、父親失格だろ!!


 …………ん? どっかで聞いた話だな。



 ――――カーン、カーン、カーン♪


 全身くたくた。血豆も潰れ、ツルハシを握るだけでも激痛が走る。

 こんなものは、世界一あったまいい俺様の仕事ではない。



 採掘場の隅にへたり込み、削り出したばかりの自然銅を眺める。

 クロワゾールと呼ばれる魔法金属の類い。


 一部の特権階級にしか明かされていないことだが、実は元の世界でも流通していた。

 その値段と言ったら法外で、そんなものがゴロゴロ採れるこの鉱山は異常だと、以前の俺なら考えただろう。

 今は別の感情が俺を支配している。


 実に旨そうだ。

 ――――どうかしてる、と頭の一部で思うものの、舌はすっかり石食に慣れてしまった。

 食卓に並ぶのは少量の野菜と屑石だけだから、どんな味がするのか、想像もつかない。

 銅赤色で樹枝状、表面に八面体の結晶がゴツゴツしている様は、チョコクランチのようだ。

 どれ、味を見てみよう。


 と、口を開いた矢先にゲンコツが落ちた。


「クォラッ! ダダン、テメェ! つまみ食いたぁ、良い度胸だな!?」


 ヒゲモジャは銅を引ったくった。「なにすんだ」と抗議する俺に髭面を近づけてくる。


「テメェが喰っていいのは屑石ぼただけだ!」

「もう飽きた!」

「みんなそれで我慢してんだよ!」

「じゃあ採った石はどこにいってんだよ!」

「……ガキが知る必要はねぇ。黙って仕事しろ」


 ヒゲモジャは急に歯切れを悪くして、ツルハシを押しつけてくる。

 ここは素晴らしい職場だ。いつでも食べ放題。休憩なし。残業なし。給料なし。

 通貨という概念すらなく、住む家は部屋単位。ビバ・原始人。


 ヒゲモジャの背が消えてからツルハシを投げ捨て、真っ白な花崗岩の屑石ボタをかっ喰らった。

 ああ、淡泊なあわの味。



 原始人の穴蔵に生まれ落ちて早6年。

 まだ一度も太陽を拝んだことがない。

 ドワーフの複雑な掟により、鉱山を下りることはおろか、里から出ることも許されていないのだ。

 多くの者は屑石で満足し、上に逆らう気概もなく、石ころ掘りに従事している。

 だが俺は違う。

 見ていろ駄女神。お前の嫌がらせには屈しない。

 必ずこの洞窟を脱出し、世界に俺の名を轟かせてやる。



 そう誓い、更に1年と半年が過ぎた。

 太陽もなしに時間が分かるのは重力を利用した原始的な水時計のおかげだ。

 ヒゲモジャの採掘部長、オバールは相変わらず怒ってばかりいる。今日も仕事終わりの俺を呼びつけ、手押し車を指した。

 積まれた鉱石は同僚の半分ほどもない。


「ダダン、お前なぁ。全然掘れてねぇじゃねぇか。サボッたら分かんだぞ?」

「サボッてねぇよ」

 今日も今日とて潰れた血豆を印籠のように見せる。これがサボっている人間の手に見えるだろうか。

「……だったら摘まみ食いしてんだろ? 白状しろ」

「してねぇし」

「じゃあなんでこんなに少ないんだ」

「……俺は半分ドワーフじゃないんだ。他と同じようにはできない」

「俺は差別・・が嫌いだ。だからこそ、差別を盾にするのは、もっと好かん。……ハーフでも頑張ってる奴はいるんだ」

「無茶だよ。体のつくりが違うんだから。純ドワーフとは」

「……お前が卑屈になっただけ、人間族トールマンの名が穢れるんだ。迷惑な話だとは思わねぇか?」

「あぁ、迷惑だね。朝から晩まで石掘り石掘り石掘り! 何が楽しいのかさっぱりだ! 早く逃げ出したいね、こんなところ!」

「ダダン、テメェ!」


 分厚い掌に、バチンッとはたかれた。

「――――二度と言うんじゃねぇぞ、そんなこと。……いいな、二度と……」


 オバールは呼吸を整え、自分の手を胸で拭いた。


「……外が見てぇなら騎士団に入ればいい。……だが、そのときお前は思うだろう。単なる石掘りが、どれほど幸せな場所だったか。……分かったら、行っていい」


 あまりにも強烈なビンタに、首がねじ切れるのではないかとすら思った。

 俺は暫く呆然として、それからスゴスゴと部屋を後にした。

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