この世はバカのもの
@originalme
第1話 ギター
「表現に必要なのはさ、なんて言うかハートが大事であってさ、モノじゃないんだよ。理屈でもないんだよ。伝えたいものがあればそれはポンコツのギターだってキレイな音で鳴らせるし、聴いている人だって解ってくれるわけよ。でもさ、オレのような身分になるとわざわざこんな安いポンコツギターじゃなくてマーチンのD-28のゴールデンエラーのような高いやつ持てるわけでさ、要は何が大事かって言うとね、下手なやつは性格も悪いじゃん。機材ばっかりにこだわってさ、すぐ人を見下すような目つきと発言でさ、敵ばっかり作ってさ。その点上手な人やプロの人って基本謙虚じゃん。どこに行っても人当たりもいいし、サラっとスキルの高いことをやってのける。だけど下手なやつは駄目だね。才能もないし、自己顕示欲は強いし精神病んでるし。オレらみたいにある程度のレベルになってればさ、ああいう才能無い烏合の衆と一緒に演奏する理由も無いわけで。やっぱり基本的にリズムが出来てないとギターは弾いちゃいけないよ。選ばれた人しか弾いちゃいけないんだよ。」
僕は黙ってその話を聞いていた。面白いんだか詰まんないんだか知らないが、そのおっさんは実に気持ちよさそうで、聞いている僕は「ああ」だの「はい」だの相槌を打ってればそれで世は事もなしだった。
趣味の世界は面白い。思春期に音楽にやられてしまい、勉強もそこそこにギターの弾き方を覚えて、バンドを組んだ。地元のライブハウスの何かのイベントに誘われ、怖いもの知らずの自信満々で演奏すると満足できたが、他のバンドの演奏を観て、あまりの上手さに驚き、世界広いことを初めて知った。
学校を卒業すると「プロになろう」と思い、単身勇んで上京してみたもののそこで目の当たりにしたものは、信じられないほどのスキルと才能を持った連中が掃いて捨てるほど居て、その中で生き残っていくにはどうも自分には何もかもが足りないと、つまりムリだったという事。
ただ、たまーに「何でこの人が」と思う時もあり、それがコネと言うか、社会を渡り歩く処世術なのか、下手でスキルも才能もなさそうな素人感丸出しなのに、好かれてるから使ってやっているという変わった例もあった。しかし「好かれる」とはいったい何ぞや?僕の疑問はそこに集中し考えたが、わかったことは自分は好かれていないだろういう事だけだったのだ。
「いやー自分は楽しんでやっているだけなんで、よくわからないスけども、ライブのあとの打ち上げとかで率先して喋るんですよ。テレビあった事や、SNSで知った事、人から聴いたことを自分の体験に変換して真実味を持たせると結構本気で信じてくれると言うか、まあ笑ってくれるんですよね。それで先輩たちから目をかけて貰って仕事に繋がると・・みたいな?。いや、でも自分は拘りとか無いし、音楽好きだけどもノンジャンルで幅広くやっているし、脳みそ柔らかく生きてるつもりなんで常に柔軟って言うか、先輩たちがドヤ顔でどんな詰まんない事喋っていてもでかい声で笑ってればOKだし、もっと上の先輩には昔を理解するフリだけで割とノッてきてくれますしね。まーとにかくこの業界、縦社会だと思うんで生き残っていくにはもっと迎合したほうがいいんじゃないですか?知らないけど・・」
僕は長い間ずっと勘違いをしていて、それは音楽と言うのは本当の意味で自由だと思っていたことだった。それがこんなに社会の生き方を実践していかなくてはいけないとは思わなかったのだ。それに気付いたころには上京し3年が経ち、夢というものが無くなり無味無臭の日常を生きていかないといけない状況に陥っていた。
つづく
この世はバカのもの @originalme
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